祇園暴走事故をめぐる報道について

2012/09/19

◇祇園暴走事故をめぐる報道について

6月12日火曜日、フジテレビ系列の情報番組「とくダネ!」で、京都・祇園の暴走事故の原因が「高次脳機能障害」ではないか、とする特集が放送され、当事者や支援者たちの間から異論の声が上がっています。
番組では、まず冒頭で「独自検証”“てんかん”ではない?」というタイトルで、事故の原因として「当初は持病のてんかんが疑われた」が、「暴走後に意識があった=医学的な観点からてんかんの可能性は低いことがわかった」と伝え、代わりに「高次脳機能障害が原因である可能性」と報道していました。
その根拠として、容疑者が10年前にバイク事故で頭部外傷を負い、受傷後まもない入院期間中に軽い言語障害や脱走騒ぎがあったこと、「家族との間で感情の抑制がききにくくなった」エピソードを紹介し、これらは事故の後遺症=高次脳機能障害のうちの「脱抑制」と呼ばれる症状ではないか、と伝えていました。さらに、今回の事故前に容疑者と「似ている」人物が危険運転をしていているのを見た、という目撃者の発言(目撃者の顔はモザイクで隠されている)を紹介し、いかにも容疑者が「普段から危険な運転をしていた」といった印象を与える放送をしていました。
この番組を、言語聴覚士の二つの勉強会で高次脳機能障害に関わっている言語聴覚士達に観てもらい、そこで出された意見を以下にまとめてみました。

1.てんかんでは、前駆症状が出てから徐々に意識が失われていく方もたくさんいる。その過程で、正常な思 考・判断が出来なくなることは大いにありえる。マスコミでさかんに放送されていたように「逃げるよう に運転できていた=意識があった=てんかんの発作ではない」などと結び付け、何度も発作を起こし運転 が危ぶまれていた「てんかん」について、原因である可能性が低いと何故言いきれるのか。
2.高次脳機能障害の症状について番組内でざっと説明されていたが、あの説明の仕方では、高次脳機能 障害といえば注意障害・記憶障害・遂行機能障害・社会的行動障害などの症状が全てセットで現れるよう に受け取られかねない。社会的行動障害のうちの脱抑制は高次脳機能障害の症状としてそれほど一般的で はないのにも関わらず、「高次脳機能障害者=脱抑制がある=危険」といったイメージを一般の視聴者に 与えかねない説明であった。
3.10年前のバイク事故後の「後遺症」として、「少し言語障害が出た(父親発言)」や、
「入院先(おそらく急性期)の病院で脱走騒ぎを起こした」といったエピソードが挙げられていたが、急性 期にのみ一過性に出る症状もあるため、この時期の症状をまるで現在に続く「後遺症」であるかのように 説明するのはおかしい。
4.容疑者に「脱抑制」の症状があるという根拠として、10年前のバイク事故後に「家族との間で感情の抑制 がききにくくなった」という点が挙げられていた。確かに受傷の後、それまでより感情が抑制しにくくな っていた可能性は考えられるが、10年後の今になってこんな暴走を起こすほどの症状とするのは問題では ないか。それに「脱抑制」というと、まず対人関係において怒りのコントロールができないといった症状 がかなり目立つはずであり、こんな暴走を起こすほどの「脱抑制」なら今までに運転を含む営業職を何年 もこなせていたとは考えにくく、もっと他で明らかな行動障害(反社会的な発言なども)をおこしていた はずではないか。「仕事では障害を表に出さずに行動することが出来、リラックスできる家族との会話に て感情が出やすい」といったことであればむしろ、ある程度「抑制がきいていた」証拠といえるのではな いか。
5.(危険運転の目撃情報がもし本当に容疑者に関するものだとすると)容疑者には多少の注意障害があった 可能性はあるが、ドライバーから鳴らされたクラクションに気付いて急ブレーキで止まれるのであれば脱 抑制でなく、逆に抑制する能力があった、という証拠ではないか。普段からクラクションを鳴らされても 無視して暴走していた、というエピソードならともかく急ブレーキで止まっていた、というのだから「脱 抑制」という説とは矛盾するのではないか。
6.番組後半で“高次脳機能障害者を診断・訓練する環境がもっとあれば、今回のような悲劇は防げる”とい うような論調になっていた。しかし、もし仮に容疑者が高次脳機能障害と診断されてどこかの施設で専門 職のフォローを受けたとしても、事故を起こすこともなく通常の営業業務を何年も問題なくこなせている 人であれば、専門職のフォローも終了しているレベルであり、「高次脳機能障害と診断・訓練されていれ ば事故は防げた」といった話ではないのでは。

今回の事故の容疑者は既に亡くなっており、高次脳機能障害であったと証明することは出来ないにも関わらず、憶測によってこのような報道がされたことで、当事者たちは「高次脳機能障害者は全て暴走運転を起こすような危険な人々」という誤ったイメージをもたれかねません。報道によって当事者たちが社会的にどのようなイメージを持たれるかを少しでも考えて慎重に番組作りをしていたなら、こんなにも偏った内容にはならなかったでしょう。その道の専門家でなければ「へえ」と丸ごと信じてしまった視聴者だって多いのではないかと気がかりです。またてんかんが原因ではないかと言われてきましたが、それとても断定されているわけではありません。てんかん=危険という偏見を招かない配慮も重要です。まだまだ社会から理解されていないこうした障害について、マスコミにはより慎重に、正確な情報を報道してほしいと心から思います。