発達障害 無理解の罪 維新の会条例案の記述 暮らす人の思い【朝日新聞】

2012/05/24

朝日新聞 2012年5月24日

 大阪維新の会大阪市議団が議会への提出を目指した家庭教育支援条例案には、「発達障害は愛情不足が要因」といった記述があった。保護者や専門家から「非科学的」と批判が相次ぎ、撤回されたが、発達障害の人たちは条例案をどう受け止めたのだろうか。生きづらさを抱え、苦しんできた人の思いを聞いた。

 「発達障害の人が自分の親を責めたり、親が自らを責めたりすることがあれば悲しい」。大阪府在住の30代の会社員女性はそう話す。
 女性は小さなころから「変わった人」と言われ、自分は性格が悪いのではと悩んだ。大学院生のとき、アスペルガー症候群と診断された。「他人とうまくつきあえないのは障害が理由とわかり、ホッとした」
 特定の音を聞き取ることが難しいため、職場では聴覚に異常があることを伝えた。名前を呼ばれたら、近くの先輩が注意を促してくれた。怒鳴り声を聞くとパニックになるが、ノートに貼ったアニメのキャラクターの絵を見て、気持ちを落ち着ける。「発達障害の人自身も周囲の人も、まずは正しい知識を得ることが大切だと思う」
 女性は幼い時、妹が生まれる前後の半年間、祖父母の家に預けられた。「一時期、確かに私の元を離れていた。愛情不足と言われるとつらい」と声を落とす母に、「あれは間違い」と強く訴えた。
 母の日の5月13日。女性は、おいしいと評判のごま豆腐の詰め合わせを取り寄せ、母に手渡した。「いつもありがとう」。感謝の気持ちをこめて。

 条例案にある「発達障害の予防・防止」という表現から、発達障害を「悪いもの」とみなす意識を感じるのは大阪府島本町の新開利人さん(40)。「発達障害の人は、自らを世間のお荷物だと思ってしまう。
 新開さんは大学と専門学校を卒業後、ビデオ店などで働いた。だが、いくつかの仕事が重なると優先順位が判断できない。仕事は長続きせず、1年ほどひきこもりに。5年前、広汎性発達障害と診断された。
 2008年、通い始めた教会の牧師に誘われ、その教会で働き始めた。庭の植物への水やりや建物の床掃除。ゆったりと自分のペースで取り組むことができた。神学校にも通い、2年ほど前からは日曜礼拝で、説教を任されている。「環境が変わり、自信を取り戻すことができた」
 今、新開さんの左手にはピンクゴールドの指輪が光る。神学校で知り合ったマルタさん(36)と10年6月に結婚。翌年、長女の恵流ちゃんが生まれた。マルタさんは「発達障害は性格の一つだと考えています」と話す。
 「どうすれば発達障害の人があるがままの姿で生き生きと暮らせるか。行政はそこを考えてほしい」。新開さんの願いだ。
 誤解の再燃 懸念
 「発達障害は、生まれながらの脳の機能障害が原因とされ、遺伝や環境が複雑に関わっていると考えられている。環境とは胎内の状況などで、親の愛情不足ではない」。発達障害に詳しい児童精神科医の内山登紀夫・福島大学大学院教授(55)は話す。
 だが、発達障害の一つである自閉症が「愛情不足」とする誤った説は、1940~70年代ごろには広く信じられていた。「条例案に保護者らが鋭く反応したのは、過去の誤解が再び広がることに危機感を抱き、市議団の無理解に強い怒りを感じたためだ」
 発達障害者支援法や特別支援教育が定着したが、無理解に苦しむ人たちはまだ多い。例えばアスペルガー症候群が一般に知られたのはここ15年ほど。「自分勝手な人」と理解を得られないケース目立つ。
 発達障害の人はこだわりが強かったり、他人の気持ちを理解するのが苦手だったりする。「本人だけに努力を強いるのではなく、不得手な面を本人や周りが理解し、環境を整えることが必要だ」(太田康夫)