総合福祉法に関する「厚生労働省案」の問題点―今こそ私たちの声と行動を!  DPI日本会議 事務局長 尾上浩二

2012/03/05

【みなさん、思い出してください。2009年の政権交代時の衆議院選挙で、民主党はマニフェストにおいて、「障害者自立支援法を廃止し、新たに障害者総合福祉法を制定する」と明言したことを。そして、政権交代が実現し、2009年には、鳩山総理を本部長とする「障がい者制度改革推進本部」が設置されたことを】

これは、去る2月8日に開催された総合福祉部会の終盤での、盲ろう者で東京大学教授の福島智構成員の発言の一部である。

  昨年8月30日に部会構成員55名の総意として、「障害者総合福祉法の骨格に関する提言」がまとめあげられた。その後5ヵ月以上の時を経て、第19回総合福祉部会が開かれ、厚生労働省から、「骨格提言への対応」と「厚生労働省案」と題した法案の説明がなされた。

 しかし、そのほとんどは、障害者自立支援法(含む・つなぎ法案)の下での施策の現状と運用、予算の説明に費やされていた。

 わずかA4で4頁の「厚生労働省案」はその分量だけでなく、内容面においても、きわめて乏しいものであり、とても骨格提言に対して真摯に向かい合ったものとは言えなかった。

 そのため、当然、多くの構成員から怒りと疑問の声が沸き上がった。「みなさん、思い出してください!」と語りかける福島氏の発言に、多くの部会構成員の意見が凝縮されており、大きな拍手が巻き起こった。

部会で示された「厚生労働省案」の概要

「厚生労働省案」の主なポイントを、以下引用する。

1.理念・目的・名称

(1)  理念・目的

障害者基本法の改正を踏まえ、法に基づく日常生活、社会生活の支援が、可能な限り身近な場所において受けられること、共生社会を実現すること、社会的障壁を除去することに資するものとなるように、法律の理念を新たに掲げる。またこれに伴い目的規定改める。

(2)  法律の名称

障害者自立支援法の名称そのものを見直す。

2.障害者の範囲

 「制度の谷間」を埋めるべく、障害者基本法の改正を踏まえ、法の対象となる障害者の範囲に治療方法が未確立な疾病その他の特殊な疾病(難病など)であって政令の定めるものによる一定の障害者ある者を加える。(児童福祉法においても同様の改正を行う)

3.障害程度区分の見直し

 法の施行後5年を目途に、障害程度区分の在り方について検討を行い、必要な措置を講ずることとする規定を設ける。

4.障害者に対する支援(サービス)の充実

(1)  共同生活介護(ケアホーム)と共同生活援助(グループホーム)の一元化

 地域移行に向けた地域生活の基盤となる住まいの場について、共同生活を行う住居でのケアが柔軟にできるよう、共同生活介護(ケアホーム)を共同生活援助(グループホーム)に統合する。

(2)  就労支援の在り方の見直し

 法の施行後5年を目途に、就労支援の在り方について検討を行い、必要な措置を講ずることとする規定を設ける。

(3)  地域生活支援事業の充実

  地域生活支援事業として、地域社会における障害者に対する理解を深めるための普及啓発や、ボランティア活動を支援する事業を追加する。

(以下、略)

以上のように、法の理念・目的、名称は変えるが、自立支援法の骨格的な部分は変えず、実質的な部分で言えば、障害者の範囲に難病の一部を加える、グループホームとケアホームの一元化くらいの変更であり、後は、障害区分程度と就労支援の在り方について5年後の見直し規定を設けるというものである。

 1月に「自立支援法一部改正法案を国会に提出」との一部報道が流れ、それに対して障害者、家族、関係者から批判の声が巻き起こった。それを逆手に取るように、理念・目的・名称は変えるが、自立支援法の基本構造は維持する「厚生労働省案」をまとめたと思われる。

「自立支援法」に社会モデル理念を接ぎ木?

 一部に「つなぎ法で応能負担規定になり、応益負担は廃止されたのだから、自立支援法は廃止されたも同然」との言い訳が聞こえてくる。

 しかし、私たちは「自立支援」の元になった「改革のグランドデザイン」の時から、次のような基本的問題を指摘してきた。すなわち、①原則1割負担の応益負担、②障害程度区分を軸にした支給決定、③介護給付、訓練等給付と地域生活支援事業に分かれたサービス体系、といった介護保険との整合性を意識した三位一体の構造である。

 ところが、今回の「厚生労働省案」では、5年後の障害程度区分の見直しが掲げられているだけで支給決定の見直しについては全くふれられず、支援体系についてもグループホーム・ケアホームの一元化が述べられているだけである。「自立支援法」の基本構造には手を入れずに、取り繕うかのように理念・目的を肥大化させて乗り切ろうとしているのが、「厚生労働省案」であると言っていい。

 部会当日、「厚生労働省案」の説明の最後に、中島・障害保健福祉部企画課長が口頭で次のように付け加えた。

 「昨年夏に行われた障害者基本法改正で、障害者の定義について社会モデルの導入が行われたことを踏まえて、自立支援法が障害を医学モデルと捉え、社会との関係でなく、本人とご家族の努力を中心にとらえているという印象が強いという意見があったことを承知している。新たに障害者基本法改正を踏まえて、理念規定を創設して、地域社会への働きかけ、共生社会の実現、社会的障壁の除去を掲げ、地域生活支援事業を自立支援給付と並べて位置づけ、地域社会への働きかけなどを新たに加える。そのことにより自立支援法となる法律はなくなり、廃止になる」

 もし本気で社会モデルを取り入れるというのならば、

1.障害者の定義については、骨格提言の通り、「障害者基本法第二条第一項に規定する障害者(断続的、周期的なものを含む)」として新たな谷間を生むことのない、社会モデルに基づく包括的規定とする。

2.ADL等、医学モデル的観点がきわめて強い障害程度区分(その亜流の支援区分も含む)への固執をやめ、協議・調整による支給決定の仕組みへの組み換え、並びに、そのための施行事業を実施して検討する。

3.共生社会の実現という点から大きな社会的障壁となっている地域生活支援の不足を解消するために、重度訪問介護の障害別の限定を撤廃し、拡充するとともに、長時間介護の財政調整の仕組みをつくる。

4.社会モデルの観点から社会参加支援が拡充されるべきであり、その点から移動支援やコミュニケーション支援、通訳・介助支援は全国共通の仕組みにする。

5.社会的入院、入所解消のための地域移行促進を法に明記するとともに、障害者が地域生活を営む上で必要な社会資源を計画的に整備するための「地域基盤整備10か年戦略」を法定化し、策定する。

 等の点が盛り込まれなければならない。これらのこともなしに、社会モデルの理念を掲げたから「廃止」というのは「羊頭狗肉」である。

骨格的言に基づく条約批准に見合った法律を

 部会当日、委員からの意見に対して反論するかのように、「自立支援法を廃止すると、現場・自治体の混乱を招く」との厚生労働省の説明があった。しかし、これは天に唾するものだ。

 21世紀の最初の10年の障害者福祉政策は「混乱の10年」と総括できよう。2003年の支援費制度、2006年の自立支援法、2007年の特別対策、2008年の緊急措置、2011年の「つなぎ法」、ほぼ2年に一度の制度改正が余儀なくされてきたことになる。「厚生労働省案」で進めようとすればする程、今後も再び、部分修正を繰り返していくことになるだろう。こうした、「先の見えない、手直しに次ぐ手直し」が現場・自治体の疲弊感・徒労感を生み出していることこそが、真摯に総括されなければならない。

 今、求められているのは、骨格的言に基づく「障害者権利条約の批准に見合った今後の10年間を展望できる法案」である。部会当日に、JDA(日本障害フォーラム)から詳細な工程表も含めた資料説明がなされた。支給決定プロセスや就労支援についての施行事業も含む無理のない工程で、骨格提言の内容を最大限反映させて実施しようとする提案である。

 会議に出席した津田政務官も、会議の最後に「JDFから示されたロードマップについては、私どももしっかりと参考にさせて頂きたい」と発言された。これを政府・与党は責任をもって実行すべきである。

 本稿執筆は、総合福祉部会直後の時点である。掲載誌が発刊される時にはどうなっているか予断を許さないが、最後に、福島構成員の発言を引用するとともに、総合福祉法制定に向けて最後まであきらめずに行動していくことを確認しておきたい。

【どうか、政治家としての原点の志を、初心を思い出してください。マニフェストに掲げただけでなく、裁判所という公正な場での議論をとおして、「和解」が成立し、公式の文書に大臣が署名したことまでもが、もし、ないがしろにされてしまうのであれば、私たち国民は、いったい何を信じればよいのでしょうか。(略)政治への期待を繰り返し裏切られ、政治不信を通り越して、政治に絶望しかけている日本国民の一人としてお願いします。強く、お願いします。】