
脳傷つき異変 息子のほかにも 見えない障害「社会で支えて」
2026年7月6日 朝日新聞
神奈川県の東川悦子さん(86)の長男(58)は25歳だった1993年、交通事故にあった。意識不明で、50日間生死の境をさまよった。やがて意識が回復し、退院したが、新しいことを記憶できず、感情を制御できないなど、以前とは様子が違う。復職もできず、自暴自棄になる長男を前に、どうすることもできない毎日だった。
病気や事故など脳が傷つき、記憶などに支障が出る「高次脳機能障害」。当時、医療現場ではこの言葉が使われていたが、正式な診断名ではなかった。身体障害を伴わないため、障害者手帳を取得できず、支援を受けられなかった。
救命救急の医療体制が進み、助かる命は増えた。後遺障害を抱えながら苦しんでいる人は増えているのではないか。東川さんは医師に疑問をぶつけた。「息子のような患者はたくさんいるだろうに、どうして当事者や家族を支える会がないのですか?」すると医師は言った。「やってください、必要は感じているけど旗を振ってくれる人がいないのです」
高次脳機能障害とともに生きる人は、国内で少なくとも約23万人と推計される。今年4月、こうした人たちを支援する「高次脳機能障害者支援法」が施行された。法制化への活動は30年ほど前、親たちの声から始まった。
1997年、神奈川県内に当事者と家族の会が発足。同じころ名古屋でも親たちが中心となり、会が立ち上がった。1998年、日本で初めてのシンポジウムが開かれ、2000年には各地の会が集まり、全国組織となる「日本脳外傷友の会」が発足。理事長に就いた東川さんは厚生省(当時)にも出向き、実態調査と支援事業の実施を求めた。
高次脳機能障害は今も、社会に広く知られているとは言えない。「支援法はできたが課題は多い。これからが本番です」会の名称も「日本高次脳機能障害友の会」となった。現理事長の片岡保憲さん₍48₎は支援法を実現させるために奔走してきた。「中途障害である高次脳機能障害は、誰もが当事者になりうる。そのときに、支援も理解も不十分でいいのか。この問いを社会に広げたい。自分事にたぐり寄せる想像力を持ってほしい。支援法がそのきっかけになれば、と願っている」
*このほか、「自立手助け 職場や学校に役割」、「いちからわかる!高次脳機能障害とは?」、「忘れても 何度もうなづきあえる場所」当事者カフェ、の記事が掲載されてる





