
結局、日本社会は障害者に慣れてない 作家・市川沙央さん 書面インタビュー
2026年3月19日
東京パラリンピック開催から5年、新設スタジアムなどでバリアフリー化が進む一方、障害者が気軽に観戦できる環境が整っていない施設も多い。重度障害者である芥川賞作家の市川沙央さんが書面インタビューに応じ、課題や改善すべき点などについて以下のようにつづった。
寝たきりの方・障碍者には一番楽な娯楽であり、情報源としてテレビをずっと見ている。スポーツも当然よく見ている。私はフィギュアケートの浅田真央さんに魅了されていた。チャレンジ精神と競技時の融合の高みへと挑む姿に感銘を受ける。
スポーツ観戦では、楽しんでいるのは、リアルタイム性、世の中との一体感、やり直しのきかない緊張感。私の場合は何メートルか歩くのがフルマラソンみたいなものなので、スポーツ選手のメンタルコントロールのエピソードなどに共感するし、参考になる。
以前都議会の中継で国立競技場の車いす席の数について質疑応答をしていたが、政局に関係のない質疑が続くのにじれた政治解説者が、「くだらないことやってるなあと思いますね」と吐き捨てた。私は「オリンピックスタジアムの車いす席はくだらないことなんでしょうか⁈」と根に持っている。オプション、プラスα、福祉の施策や予算でやるやらないは自由、といった感覚がはびこっているように思う。しかし私は、障害がある人々に対する公平性の確保は真ん中においてやることだと思っている。バリアフリーは最初から想定して組み込んでおいた方が後から改修するよりコストがかからない。公平性の確保(合理的的配慮)のために対話して調整するという歩み寄りが見られないなら、よりコストのかかる対立が待っているだけだ、という原理を社会が肝に銘じよう。
2000年前後にコンサートに行ったことがある。車いす席はたいてい後方にあり、観客が総立ちになるライブではステージが見えないことが課題だった。その経験から車いす席改善の署名集めをネット上でやっていた。SNSなどを見ていると、25年経った今もあまり変わっていないのかなと感じる。個々の興行の運営以前に、建物の設計段階で課題があると思う。国立劇場の建て替えが予定されているが、まさか文化芸術の殿堂の新築が包摂性に欠けることにはならないでほしい。
あらかじめ多様な人の存在とニーズを想定し、構えておくことは商売上の強みになる。しかし普段視界に入らないものは忘れられていく。結局、日本社会は障害者に慣れていない。様々な障害者を街で見かけること、慣れること、障害者が出かけやすい社会であることはつながっている。自国にネガティブな歴史よりポジティブな歴史がある方がうれしく誇らしいのは私もあなたも同じだと思う。「誰でもトイレ」とか「点字ブロック」とか、バリアフリーで日本が誇れる部分はたくさんある。将来の子どもたちが日本人としての自己肯定感を高められるように、誇れる日本をいっしょに作っていこうじゃありませんか。





