
「安楽死」と障害者殺害 たぐる記憶
朝日新聞 2026年2月2日
ナチ・ドイツ下で、障害者らを「安楽死」の名のもとに殺害という蛮行が、第2次世界大戦時に行われていた。昨年7月、日本障害者協議会代表で自身も目に障害のある藤井克徳さんが現地を訪れた。
ドイツ中西部にあるハダマー記念博物館の地下に「ガス室」はあった。「シャワーを浴びる」とだまされて連れてこられた障害者らはここで息絶えた。ガス栓を開けたのは、患者を治療すべき医師だった。藤井さんが同館を訪れたのは3度目だが、背筋が凍るような衝撃は変わらないという。「戦後80年を迎え、過去に向き合い、未来への希望をたぐり寄せるにはどうすればいいのか。障害のある人たちの辛苦を象徴する場所で見つめ直したい」との思いで足を運んだ。
「健康なアーリア人種による強い国」をめざしたヒトラーの命令で「安楽死」の名のもと、障害者らは6カ所の殺害施設に送り込まれた。1940年1月~1941年8月まで計7万人が犠牲になったとされる。カトリック教会の司祭の批判などもあり、1941年8月に終わったが、その後も精神病院などで薬物投与や衰弱させるなどして「安楽死」は続き、高齢者や結核患者らにも拡大した。犠牲者は約30万人とされる。
日本では昨年10月、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制された原因や再発防止策を考える検証会議が補償金支給法の規定に基づき始まった。藤井さんも委員の一人で、約3年間の調査や議論を経て報告書をまとめる。藤井さんは、再発防止策の一つとして、資料館などの設置を国に要望してきた。ハダマー記念博物館は州の公的機関が運営しており、館長と懇談した藤井さんは「忌まわしい記憶と向き合う強い意思が伝わってきた。公的機関が運営にかかわることで継続した取り組みができる」と話す。
藤井さんは日本の現状を重ねる。「やまゆり園事件」を起こした男を賛美するSNSの声、コロナかで顕在化した「命の選別」を進めかねない考え方、外国人を排斥するような言動…。「それらは命に優劣をつける優性思想にも通じる。ドイツの取り組みを参考に、日本でできることを考えていきたい」。
中野智世・成城大教授(ドイツ史)は、共著「『価値を否定された人々』--ナチス・ドイツの強制断種と『安楽死』」(2021年、新評論)を企画した。「負の歴史に向き合うことは現在、未来を新たな視点で見つめることになる」からだ。その際重要なのは「犠牲者を数字ではなくその時代を生きた一人の人間としてみること」と強調する。「個人の生きた足跡を知ることで、隣の○○さんが犠牲になったかもしれない、と歴史を身近に感じることができる」。共同執筆者である梅原秀元・東海大特任教授によると、20世紀初頭から広がった優性思想、ナチ・ドイツの人種政策、一部精神科医の関与、第一次大戦後の経済低迷などによる精神科病院への資金抑制、そして戦争-—。「こうした要素が背景となり精神疾患の人らが『価値を生まない』『負担ばかり書けるお荷物的存在』として、価値を否定され殺害された」と指摘。「『安楽死』殺害は極端だが、身近なところで、厄介だ、負担をかけるといった理由で人を価値づけていないだろうか」と問いかける。「条件がそろえば同じようなことが起こる危険性はある。障害者だけの問題ではない」
石田勇治・東京大名誉教授(ドイツ近現代史)によると、ナチ時代「安楽死」殺害に気付いた市民は少なくなかったが、厄介なことに巻き込まれたくないという思いや道庁圧力によってねと口を閉ざし、大きな反対の動きには至らなかったという。関わった多くの意思も「医の倫理に反する行為に内心葛藤しても、抗議の声を上げるものはほとんどいなかった」と指摘する。「大事なのは、不都合な事実に目を背けないことだ」





