「共生」を考える 7:「迎えてあげる」という発想 根強い社会

2026/01/11

2026年1月9日

「共生社会を目指しましょう」「多様性の時代です」。しばしば目にするフレーズ。作家・市川沙央さんは「よりによって『共生』という言葉を簒奪するとは」と指摘する。健常者による簒奪と闘った障害者運動の当事者たちと関わり、障害者文化などを研究する荒井裕樹さんに聞いた。

―「共生」とは何か

「共生」という言葉は、大きく分けて二つの捉えられ方をしていると思う。一つは、この社会は基本的には「誰かのもの」で、そこに今まで入れなかった人たちを「迎え入れてなげる」というもの。もう一つは、社会は基本的に「みんなで作るもの」なのに、今まで特定の誰かに偏りすぎていたから直していこうという捉え方。障害者運動の理念は後者。

ところが社会的には、前者の意味で捉えられることが多い。「仲間に入れてあげる」という姿勢で、「お客さん」としてどれだけ遇してあげられるかを考える風潮が強いと感じる。それは、「合理的配慮」という言葉にも表れているかもしれない。英語では「reasonable accomodation」で、私は「根拠のある参加調整」と訳している。「配慮」と訳されたのはやはり、「社会の主」である人たちがマイノリティーを迎え入れる時、「できる範囲で優しくしてあげよう」という「共生」観と無関係ではないと思う。

―参加を「認めてあげる」という目線か

それを真っ向から拒否したのが脳性まひ者による運動団体「青い芝の会」だった。1977年の「川崎バス闘争」は有名だ。車いすの乗車拒否を続ける路線バスに抗議し、当事者自らが会社と交渉、路上での抗議行動を展開した。中心人物の一人が訴えていたのは「発想」の転換をしてくれ」ということだった。「障害者をバスに乗せてあげる」というのではなく「障害者もバスに乗るものだ」という発想への転換を求めていた。半世紀も前から訴えられていたことなのに、社会は今も「仲間に入れてあげる」という発想が根強い。

―何が欠けているのだろう

まずは歴史的経緯を知ることだと思う障害者運動の中で「共生」は半世紀の議論の蓄積がある。過去の議論への敬意を欠いた「他者への想像力」はあやしいものだ。歴史をきちんと知ろうともせずに、ブームのように「さあ共生を考えましょう」と言っているように感じる。

―「共生」や「多様性」という言葉はあちこちで目にするようになった

「共生」のイベント化」を危惧している。式典や行事などの非日常的な場面で「仲の良さ」がアピールされ、暮らしの中に残るバリアーや障壁から目がそらされてしまう。共生を問うイベントがそうした場になってしまうのは本末転倒。様々な利害関係を持った人たちが共に生きる時、必ず軋轢が生まれる。それを調整し続ける日常の営みこそが共生なのだと思う。

―社会全体でみると、声を上げやすくなったはずなのに、なぜ「共生」の意味を都合よくすり替える「簒奪」が続くのだろう

マイノリティーからの問題提起があったら、まずは「その人の声を聞く」ことだ。上げられた声に向き合うことから始めなければ、「共生を考える」という名目で声を上げた人を置き去りにしてしまう。問題提起だけしてもらって、あとはマジョリティーが自分たちの考えたい問題を考えるとなったら、それは共生という言葉の簒奪だ。青い芝の会の人たちの「オレの言葉を聞け」という言葉は象徴的だ。聞き取りにくいからといって介助者や通訳に聞くのではなく、自分の言葉を聞いて欲しい、マジョリティーが勝手に代弁しないでほしい。

メディアや学者、作家など「発信する側」が、上げられた声をどう受け止めるかが問われ続けている。