インターホンの前で立ちすくむ 無人駅過半数の時代「新たなバリアー」

2025/03/14

毎日新聞 2025年3月13日

各地で無人駅が増える中、耳の聞こえない人たちが不安を抱えている。

2024年夏、NPO職員の中曽根鈴音さん₍28₎は仕事で待ち合わせの場所に向かうため、都内で地下鉄を利用した。障害者割引がある都営地下鉄から割引のない東京メトロに乗り換えるため、駅員に交通系ICカード(以下、ICカード)の出場処理を頼もうとした。駅員は不在でインターホンだけがあった。「ご用のお客様はインターホンでご連絡ください」の表示の前で、聴覚障害のある中曽根さんは立ちすくんだ。インターホンの前で5分ほど待ったが、駅員は姿を見せなかった。別の窓口を探して、スマートフォンで駅員の声を拾って画面に文字表示させ、自分は文字入力をして意思疎通を図った。遠回りになった上、時間がかかり「大事な仕事だったのに遅れてしまった」。

鉄道利用中は中曽根さんにとって不便を感じる場面が多い。乗車中の電車が突然止まった時もそうだ。状況を伝えるアナウンスが流れても自分には聞こえず、何が起きているのかわからない。停車した電車内で、わからないまま2時間待っていたこともある。

無人駅は年々増え続け、国土交通省によると直近で集計した2022年度末時点で全国の9390駅のうち無人駅は4776駅に上り、過半数を占めた。背景には鉄道事業者のコスト削減と人手不足があり、この他にも時間帯によって無人になる駅も多くある。

無人駅にインターホンや電話機が設置されていても聴覚障害者は使うことができない。毎日新聞が障害のある人を対象に実施したアンケートにも不便を訴える声が多く寄せられた。

関西地方の60代女性は2021年10月、聴覚障害のある仲間たちと電車で行楽地に向かった。しかし、下車した私鉄の無人駅でICカードが反応せず改札から出られなかった。駅には電話機しかなく使うことができなかった。先に改札を出た聞こえる人が戻ってきたので電話機から対応してもらった。「とても悲しい思いをした。無人駅にしてコストを下げようとすることに反対はしないが、サービスの質を落としてどうするのだろう。聞こえない私たちにとっては新たなバリアーができたと感じる」と憤る。

埼玉県の40代女性は2024年に観光で訪れ、下車した駅が無人駅だった。乗車券を持っていたのに誤ってICカードで入場してしまったので、入場記録を取り消してもらおうとしたがどうすることもできなかったという。川崎市の60代男性は2024年、新幹線乗り換えの際、券売機の呼び出しボタンでサポートを求めたが、インターホンでの音声やり取りしかなかった。「聞こえない人がサポートを求めている場合は来てもらえるようにしてほしい。音声やり取り以外の対応方法選択肢を設けるべきだ」と指摘する。

2020年のバリアフリ-法改正を受け、国交省は2022年に「駅の無人化に伴う安全・円滑な駅利用に関するガイドライン」を策定、鉄道事業者に順守するよう呼びかけた。ガイドラインには、インターホンのほかに「聴覚障害者の問い合わせに対応できるよう、メールアドレスや二次元コードから問い合わせフォームに接続できるようなシステムの構築が望ましい」とある。

東京都交通局は2024年、聴覚障害者や言語障害者らと円滑な意思疎通を図るため、キーボードで入力したり話したりした内容が文字表示されるディスプレイ機器の導入を始めたが、一部の駅にとどまっている。

JR東日本は2011年度から障害の有無にかかわらず困っている客に対して積極的に声かけをする「声かけ・サポート運動」をしているという。この取り組みは駅員がいることが前提で、無人駅での対応は遅れたままだ。

聴覚障害者は周囲から障害が分かりづらい。中曽根さんは「なぜ困っているかわかってもらえないので、補聴器はあえて見せるようにつけている」と話す。駅の窓口に筆談ボードを使って案内するというステッカーが貼ってあっても「今は置いていない」「場所が分からない」と告げられた経験もあるという。「人がいないならメッセージを文字で送ることができるタブレットを設置することはできないのだろうか。誰もが使いやすい環境を整えておくことが大事だが、整っていないなら、事業者は障害当事者も巻き込みながら対応を学んでほしい。そうすれば、障害がある人への環境整備はもっとうまくできると思う」と訴える。