

(けいざい+)障害者と胡蝶蘭ビジネス:上 工賃・就労の壁、父が動いた
朝日新聞 2025年2月26日
房総半島南部(千葉県富津市)、約2千坪の敷地にビニールハウス5棟が並ぶ。ハウス内では出荷前の胡蝶蘭がズラリと並ぶ。ハウスは「AlonAlon(以下、アロンアロン)オーキッドガーデン」で、「就労継続支援B型事業所(就B)」に指定された福祉施設でもある。
運営するNPO法人アロンアロ那部智史さん₍56₎は、もともとは通信会社の会社員だった。2000年に社内独立してITベンチャーを起業。黒字化したのちに会社を売却し、2013年にアロンアロンを設立し、ガーデンを開園した。なぜ畑違いの福祉施設運営に乗り出したのか。那部さんの息子(27)には重い知的障害があり、その将来を憂える親の一人だからだ。お金を残そうと必死で稼いだが、ある時「自分たち親が死んだら息子はどうやって生きていくのか」と気づいた。
知的・精神障害者たちの就労環境は厳しい。「就B」に通う障害者には作業の対価として工賃が支払われるが、厚生労働省の統計によると、その額は月平均で約1万7千円。障害年金の約9万円を加えても生活するのに十分な額とは言えない。さらに「就B」から企業などへの就労率は10%前後にとどまる。「低工賃」「低就職率」の壁が立ちはだかっていた。那部さんは「社会の仕組みを変えたい」と、自ら「就B」の運営に乗り出した。目を付けたのが胡蝶蘭。祝い事があるたびに届けられる日本特有の商慣習に支えられた手堅い需要がある。パナソニックの特例子会社で胡蝶蘭などの事業をした実績もある。
まずは障害者たちがスムーズに作業できるよう、60工程に及ぶ複雑な栽培を見直し、簡略化する仕組み「スマートアグリシステム」を導入した。当初は生花店から「障害者の作った鉢は取り扱えない」と断られた。企業などへの直販に活路を見出した。その品質が口コミで広がり、顧客企業は4千社に(2024年末時点)。2月から、業界大手の第一園芸₍三井グループ₎との取引も始めた。
利益を出しながら働く障害者の工賃を上げるために編み出したのが「バタフライサポーター」というモデルだ。例えば、「1万円の胡蝶蘭をほしい」という人に、花屋で買う代わりに「寄付」という形でアロンアロンから買った苗10株(1万円相当)を育てるサポーターになってもらう。育った10株のうち1株分はサポーターに渡し、残り9株は企業に販売して、育てた障害者の工賃にする、というものだ。これがヒットし、サポーターは約3千人に達した。顧客企業も年間200社のペースで増えた。
「就B」を運営すると、事業の売り上げだけではなく、福祉報酬も得られる。アロンアロンは2025年3月期の決算で、グループ連結の売上高を3億1千万円、純利益は5千万円と見込む。障害者たちの工賃は高い人で月に10万円を超え、平均でも一人当たり6万円を払えるようになった。
那部さんは、胡蝶蘭を購入しようとする企業の一部に対し、「もう買わないでください」という「営業」を始めた。もう一つの狙いを込めたビジネスモデルが動き始めた。