手話通訳者不在 「取り残された」裁判傍聴席の聴覚障害者

2024/01/12

毎日新聞 2023年12月18日

強制不妊訴訟で国に損害賠償を求めている福岡市の女性が6月、福岡高裁での同種訴訟を傍聴するため、福岡市に手話通訳者の派遣を求めたところ、裁判の当事者ではないとして断られた。市は「裁判所が実施すべきだ」とする。全ての人に開かれた裁判とするために、どの期間が手話通訳を準備すべきなのか。

女性は期日前に、福岡市が手話通訳者の派遣事業を委託する「福岡市障がい者情報センター」にファクスで派遣を求めた。自身が原告として出廷する訴訟ではいつも同センターなどから手話通訳者の派遣を無料で受けていた。だが、「こちらで派遣できるのはご自身の裁判だけです」と回答があった。市障がい者支援課によると、センターから問い合わせがあり、同課で派遣しないと判断した。「手話通訳は派遣されないと知り、ショックでした」と女性は手話で訴える。

福岡高裁での口頭弁論は女性を含め7人の聴覚障害者が傍聴していた。たまたま傍聴席に手話のできる人がおり、気づいて裁判官や弁護士の了承を得て急きょ対応したが、事前の練習がない上、裁判の手話通訳は難度が高く、通訳できない部分があったという。

福岡市ろうあ協会は後日、市に派遣を拒んだ理由を尋ねた。市からは「裁判の傍聴は本人の公的な手続にあたらないため」とした上で、裁判の傍聴については「裁判所が情報保障を実施すべきと考えます」とあった。聴覚障害者が裁判を傍聴する場合の手話通訳派遣は自治体によって判断が異なる。福岡高裁は取材に「傍聴にどのような「合理的配慮」をするかは個別事例の判断になる。把握している限り、過去に依頼を受けた例はない」とする。

2016年施行の障害者差別解消法で、行政機関は障害者から社会的障壁を取り除くよう申し出があった場合、その実施への負担が重すぎない範囲で対応すること(合理的配慮の提供)が義務となった。三権分立の観点から裁判所や国会は法の対象外だが、最高裁は同法の手指を踏まえ、2016年に裁判官会議で対応要領を決めた。障害者に対する合理的配慮の提供を職員に促し、具体例のひとつとして「裁判上の手続きにおいて障害者の理解を援助する者が同席できるよう取りはからう」ともしている。だが、この例示は「裁判上の当事者を念頭に置いたものだ」とする。

障害者が裁判を傍聴する際の対応について、全国91の当事者団体で構成するNPO法人「DPI日本会議」は2019年3月、全国統一の規定を作るよう最高裁に要望を出した。手話通訳者を裁判所の責任で配置することも挙げている。

司法分野での手話通訳に詳しい甲南大の渡辺修特任客員教授(刑事訴訟法)は「憲法が公開裁判の原則を定めている以上、最高裁は傍聴時の情報保障のあり方を早急に決めrべきだ」という。福岡市ろうあ協会の山本秀樹会長は「私たちは取り残されている。だれもが傍聴する権利はあるはず。裁判所は体制を整備してほしい」と訴えた。