くらしナビ―社会保障ー 手話と子どもたち 上・中・下

2023/09/15

毎日新聞 2023年8月17,24,31日

生まれ育つ中で身につけた言葉で教育を受ける、そんな当たり前のことが、かなわない場合がある。ろう者の人々の間で広く使われてきた独自の言語「日本手話」で学ぶ環境が十分ではないという訴えが起こされた。この訴訟をきっかけに、耳の聞こえない子どもたちの「言葉の権利」を巡る現実に迫ろうとする連載。

㊤ 日本手話「ろう学校で通じない」

北海道札幌聾学校に通う子ども2人が、学校で手話を使って授業を受けることができず、ストレスから登校しにくくなった。2人は1月までに、憲法で保障する教育を受ける権利を侵害されたとして、それぞれ道に550万円の損害賠償を求める訴訟を起こすに至った。道は裁判で「日本手話で教育を受けさせる法的義務はない」と主張している。

ろう学校では、口話教育が中心で手話自体が排除されてきた。次第に手話の有効性が認められ、文部科学省は2017年に「学習指導要領」で手話を含めた多様な手法でコミュニケーションするように改めた。ただ、特別支援学校の教員免許の要件に手話の技能は求められていない。多くの教員は、着任後に教員同士の研修や独学で学ぶ。文科省の担当者は「日本手話を習得するには時間もかかる。人工内耳や補聴器の普及で聴覚を活用させたい保護者もいる」と日本手話だけを特別扱いできないと説明する。北海道教育委員会は「手話による指導ができる教員を配置してきた」と説明するが、原告の支援者らは、日本手話に堪能な教員が退職した後補充されず、人材の確保や育成が不十分だったと訴える。

全日本ろうあ連盟の山根昭治理事は、手話はひとつの言語であり、習得環境や年齢など、背景も様々だという。教員の手話習得が都道府県や学校任せになってるとし、「手話の堪能な先生が増えるよう、国は教員養成を強化すべきだ」と主張する。

㊥ 日本手話選択への情報乏しく

耳の聞こえない、聞こえにくい子どもたちは言語をどう身につけていくのか。日本手話で全ての授業を行う私立ろう学校「明晴学園」(東京都)を訪ね、0~2歳児が通うプレスクールでの取り組みを取材した。

同学園の玉田さとみ理事は「聞こえる子どもたちは、音声のシャワーをあびて日本語を身につけるが、聞こえない子どもでは難しい。見てわかる手話で語りかけるのが効果的だ」という。人工内耳手術の普及を背景に、プレスクールへの登録者数は減っている。しかし玉田さんは「聞こえない子どもは目を使って情報を得ている。人工内耳手術をするとしても、表情やジェスチャーで語りかけることが、言葉の獲得には必要だ」と指摘。「日本手話は子どもの聞こえの程度によらず、言語習得のセーフティネットになり得る」と説明する。

聞こえない、聞こえにくい子どもが、日本手話を学ぶか、人工内耳手術などをした上で音声言語を選ぶかは個人の選択だ。ただ、保護者への情報提供のあり方を巡って課題は多い。

ろう者で、NPO法人「インフォーメーションギャップバスター」(神奈川県)の伊藤芳浩理事長も「療育方針について公平で客観的な情報を提供する専任コーディネーターを(地域に)配属し、持続的に支援することが必要不可欠だ」と提案する。人工内耳手術を手がける東京医療センターの南修司郎・耳鼻咽喉科長は「家族が情報を吟味し、自分で療育方法を調べることが望ましい。方法は途中で変更することもでき、周囲はその選択を尊重する必要がある。選んだ言語の習得が十分に保障されるべきだ」と指摘する。

聴覚日照外を持って生まれた子でも、人工内耳や補聴器のシンポによって聞こえが改善し、音声言語を身につけていくケースが増えている。ただ、日本手話を必要とする子どもたちもいる。

㊦ 目から覚えられる日本手話

「ろう者とは、日本手話を話す言語的少数者である」。1995年に出された「ろう文化宣言」は大きな反響を呼んだ。宣言から30年近くが経ち、日本手話を巡る環境は変わったのか。宣言を出した1人で、国立障害者リハビリテーションセンター学院(埼玉県)の木村晴美教官に話を聞いた。

日本手話は、1878年国内初のろう学校「京都盲啞院」開校がきっかけとされている。持ち寄られたホームサインが互いに通じる形に言語化したと言われている。1970年、厚生省(当時)が手話奉仕員養成事業を始めたことで、聞こえる人でも手話を学ぶ人が増え始めた。その中で、日本語の文法に合わせ、声を出しながら話せる日本語対応手話が広まったのではないかと考えられる。

手話は口話教育の妨げになると考えられていた。(井上氏の)両親はろう者で日本語手話を使っていたが、子どもの前では見せないように言われていた。今なら言語の迫害といえる。当時は、手話はよくないもので、口話の方が優れているという考えを植え付けられていた。米国で自らの言語に誇りを持つろう者たちから刺激を受け、考えが変わった。

聞こえない子どもたちは、耳から言語を自然に獲得することができない。でも、母語とは何も苦労せず、自然に獲得できる言語ではないか。日本手話は目で覚えられる言語だ。母語の言語力がないと、複雑な概念を理解することはできない。庁舎の中でくらしていくので、日本語の読み書きは必要だが、第2言語として日本語を習得するためにも、母語がしっかりしていることが大切だ。ろう学校の線瀬を要請する大学では、手話を学ぶカリキュラムが十分でない。ろう学校の教師には日本手話ができてほしい。札幌ろう学校の裁判がきっかけになるのではないかと期待している。

「ろう文化宣言」を出した当時と比べ、人工内耳の手術は広がった。人工内耳には個人差もあるが、手話を学ぶことで言語を獲得できないリスクを減らせると思う。聞こえのトレーニングと合わせ、日本手話を習得できる環境を整備していくことが不可欠ではないか。