心と体学ぶ 障害ある子への性教育
朝日新聞 2023年2月12日
国連の障害者権利委員会は昨年9月、日本政府に対して、障害のある全ての子どもや大人に「包括的性教育」を行うことを求める勧告を出した。学校ではいま、どのような実践が行われているのか、現場を訪ねた。
昨年12月上旬、東京都港区立赤羽小学校の特別支援学級。子どもたちは赤ちゃん人形をだっこし、ミルクをあげたりゲップを出させたり、おむつを替える練習をした。瀬野史織教諭が「キラキラタイム」と名付けた性教育の授業。この授業名には「みんながずっとキラキラした笑顔で生きていけるよう、心と体、自分や友達のことを学ぶ時間にしたい」との思いを込めた。1学期は性器も含めた体の名称や仕組み、洗い方などを学び、2学期は第二次性徴から妊娠、出産、子育てなどを学習する。3学期は「いろいろな好き」をテーマに、ジェンダーバイアスへの気づきや性的少数者、障害など、多様性について考える。学級には、1~6年生計9人が在籍するが、「発達段階に関係なく楽しめる」と瀬野さん。視覚的、具体的にイメージできる方が理解しやすい」と、人形や写真などを多用し、できるだけ体験型の授業を心がけているという。
瀬野さんが性教育に取り組むようになったのは約6年前。講演会などで、人権や人との関係づくりなどを含めて学ぶ「包括的性教育」という概念を知った。「自分のことをポジティブに捉えるための学びだと気づいた。『自分は自分でいいんだ』と思い、幸せと思える人生を選択するためのアイテムを持たせてあげる教育だと思った」 そこで始めたのが「キラキラタイム」だ。毎年繰り返していく中で子どもの変化も目にしてきた。「障害のある子どもが正しい性の情報にアクセスするのは、障害のない子ども以上にハードルが高い」、望まぬ妊娠や性的搾取に遭うケースも少なくない。「学校で繰り返し教えていくことはとても大切」 ただ「授業時間の確保も難しく、先生自身も性教育を学ぶ機会がほとんどなかった。学校内で協力を得られなければ、踏み込むのは難しい」と指摘、広がりには課題も感じている。
その現状は数字でも出ている。京都教育大付属特別支援学校に勤務していた高田千鶴さん(現・山口県立大講師)らが2018年、全国の公私立特別支援学校320校の教諭約1600人(有効回答518人)に調査したところ、「知的障害児に性教育・セクシュアリティー教育は必要」と答えた人は9割を超えた。しかし実際に授業経験がある人は3割弱で、「将来授業をしたい」と回答した人も約4割にとどまった。「学習展開の難しさ」「ノウハウがない」などが要因として上がったという。高田さんは「特別支援学校で包括的性教育が広がるためには、教員研修などの機会が保障され、指導法やテキストの開発が進む必要がある」と指摘する。
昨年8月、国連の委員会による初の日本審査がスイス・ジュネーブであった。傍聴団と国連に現状を訴える8つの団体が集まった。市民団体「国連に障がい児の権利を訴える会」共同代表の児玉勇二弁護士(79)は、委員会のメンバー18人に日本の性教育の実情を説明した。一方、日本政府は「障がい児に対しても健常児と同じく発達段階に応じた性教育が行われている」との答弁を繰り返した。
障害のある子どもたちへの性教育をめぐっては、2003年に起きた東京都立七生養護学校(現・特別支援学校)の事件がある。都議から「不適切」「過激」などと非難され、校長や教員らが処分された。その後、裁判で処分は違法とされたが、教育現場は萎縮し、いまも影響が続いている。この事件の裁判で弁護団長を務めた児玉弁護士は「性と生の人権教育として、日本でも包括的性教育を行っていかなくてはならない。それが世界の流れだ」と語った。