手話は言語 ろう者こその表現

2022/09/14

朝日新聞 2022年9月6日

耳が聞こえない人の役は、耳の聞こえない俳優に――。今年のアカデミー賞で作品賞など3部門で受賞した「コーダ あいのうた」で注目された取り組みが、日本でも取り入れられた。9日公開の「LOVE LIFE」で取り入れられた。従来、ろう者の役も聞こえる俳優が演じることが多かったのはなぜなのか。「当事者が演じる」意味とは?

「LOVE LIFE」で主人公の前の夫で物語の鍵となるろう者・パクを演じるのは、ろう者の俳優砂田アトムさん。深田晃司監督によると、当初はパクがろう者という設定はなかったが、「多くのろう者と接して、手話は言語の一つと知ることができ、空間を使った映像的な言語でもあると思った」「1人もろう者が出てきていないのは不自然じゃないか」と思い改めたという。

「コーダ」と同じように、ろう者が対象のオーディションを行った。「聴者に手話を特訓してもらうのは、そもそも効率が悪い。クリエーティブな近道として当然だ」。手話は元の言語ごとに異なり、眉の上げ下げや肩の動かし方など手話独自の身体性を使った文法もある。砂田さんは「誰でもできるわけではない。これまでに見た映画やテレビでは文法が正確に表現されていないことがあり、違和感があった」という。砂田さんがオーディションを受けようとしても「聴者で手話ができる人」が条件だったり、「声が出せるか」と聞かれて「手話だけ」と答えると物別れに終わったりしたことが何度もあったという。「ろう者はどこか面倒だと思われてしまっているとことがあるように思う」と漏らす。

深田監督は「演技論で考えれば、俳優はどんな役でも演じることができるというのは心理ではある」と指摘。ただ聴者の役は聴者が演じるのが当然なのに、ろう者の役はろう者が演じる機会が限られてきた点を制作陣は問い直すべきだと主張する。「演技論に落とし込んで話す段階にまだ来ていない。機会が圧倒的に不平等な現状をまず平等にするのが先だ」 砂田さんも「聴者がろう者を演じてダメだとは思わないが、手話は言語である点を一番大切に考えてほしい」と訴える。

ろう者の役を聴者が演じてきた背景には、コストの問題などがあるだろうが、砂田さんはろう者が演技を学べる環境の少なさを指摘する。米国では、ろう者向けに役者を目指すプログラムや学校が少なくとも20年ほど前からあるという。そんな現状をふまえ。自身もろう者で映像作家の牧原依里さんたちが「デフアクターズ・コース」(文化庁、社会福祉法人トット基金主催)を企画した。10月から始まる講座の講師には、深田監督、俳優の兵藤公美さんの他ろう者の俳優・江副悟史さんらが名を連ねる。牧原さんは「ろう者と聴者は視点の違いがある。両者を結ぶパイプがなかった。かけ算でよい化学反応が起こるといい」という。

当事者が演じることが社会に与える影響について、障害者福祉に詳しい関西学院大手話言語研究センターの松岡克尚センター長は「『障害者は自分たちと無関係だ』と無意識的に避けてきた人に、その自覚を促すきっかけになり得る」と指摘する。「障害のある人の出演機会が増えていくことが、従来あった『身体的に劣っている』という認識の強化になってはいけない。社会の多様性につながる新たな考えを生めるかどうかが鍵だ」と話す。