だれをも受け入れ ありのままに やまゆり園事件6年 一人で暮らす重傷負った男性

2022/07/29

朝日新聞 2022年7月27日

重い障害のある19人のいのちが奪われ、職員を含む26人が重軽傷を負ったやまゆり園事件。26日で6年が経った。重傷を負った尾野一矢さん(49)は、2年前から介助者の力を借りてアパートで一人暮らしをしている。地域とのつながりが増える中、尾野さんに少しずつ変化が。

約24年暮らした津久井やまゆり園を離れ、尾野さんがアパート暮らしを始めたのは2020年8月。国の福祉サービス「重度訪問介護」を利用している。14人の介助者の一人、川田八空さん(29)は、「だれにも心を開く一矢さんは、人との間合いの取り方を教えてくれる尊敬できる存在でもある」と言う。川田さんは東京都立大大学院で知的障害者の自立生活をテーマに研究している。初めて介助した日、同じ空気を吸い、穏やかな時間が流れ出す空間にいると、祖父母の家にいるような安心感に包まれた。「ありのままでいられる心地よさは、ありのままに生きている一矢さんが引き出してくれたもの」。 川田さんは、生きづらさを抱えてきたという。高校生の時不登校になった。祖父母の家に行くと、何も言わずゲームで遊ぶ川田さんを受け入れてくれた。「一矢さんは、命を見あう関係を重ねる大切さを教えてくれている」。おなかの傷を見ると、傷は植松死刑囚だけが負わせた者ではなく、社会の優生思想の象徴ではないか、と複雑な思いになる。「経済的に自立してこそ一人前」と考える自分も、優生思想から逃れられないのでは、と怖くなる。

尾野さんの「ウー」という声に近隣から苦情が入ることもある。でも、「声を出すのを気にしなくてもいいですよ」と言ってくれる人や、差し入れをしてくれる人もいる。「少しずつ地域とのつながりができていると実感でき、励みになる」。

介助者の調整役で、自らも介助する大坪寧樹さん(54)は4年にのぼるつき合いだ。尾野さんが望む暮らしを、一つ一つ積み上げてきた。「リラックスして自分のペースで暮らすには、介助者との信頼関係が不可欠で、長い時間をかけた丁寧な関わりが必要。お互いが生かされる暮らしのありがたみが身にしみて分かると、かけがえのない存在として大切にしたいという気持ちが生まれる」と話す。

ただ、全ての障害者が一人暮らしできる環境が整っているわけではない。重度訪問介護を提供する事業所が乏しい地域もある上。介助者不足は慢性的だ。大坪さんは、「これまでの蓄積を活用してほしい。行政への働きかけも必要」と話す。事件の時、尾野さんが負傷しながらも携帯電話を職員に渡し、それが110番通報につながったことを知った。「命がけで行動した。『障害者は不幸しかつくれない』という植松死刑囚の考えとは正反対のことを一矢さんはしたんです」 そして、尾野さんは他者を拒まず、だれをも受け入れて生きようとしている。「障害のあるなしに関係なく、互いに生かし合う共生の可能性を見たいと思っているからではないでしょうか」