「話しやすくなりたい」 付箋書く14歳の願い 人口1%の障害

2022/06/11

毎日新聞 2022年6月22日

吃音は日本では100人に1人が持つとされる。幼いころ発症し、学びの場でいじめを受けたり、孤立を深めたりするケースは多い。

中学3年の中村陸さん(14、仮名)は、メモ代わりに持ち歩く付箋に「今日の吃音の重さは1~10で言えば7くらい。まあまあ話しやすい方です」と書いて答えてくれた。陸さんは、最初の1音を繰り返す「連発」の症状がある。波があり、重いときはうまくしゃべれず、意思疎通に時間がかかる。このため中学校では、タブレット端末などで筆談するなどの配慮を受けている。「小学生の時よりは軽くなっているけれど、少しでも話しやすくなりたいとは今も思っています」。

陸さんは、小学4年生のころ発症。最初は母音を数回繰り返す程度だったが、次第に重くなった。自分に何が起きているかわからず、原因も心当たりはなかった。母も、うまく言葉が出ないことには気付いていたが、「吃音」という言葉すら知らず、戸惑うばかりだった。学校では、同級生たちにからかわれる日々が続いた。「まねされることもありました。悲しいし、怒りも出てきました」。母は学級担任に相談したが、何らかの配慮を受けることはなかった。頼れる人もなく、ネットで吃音について調べるようになったが、ネットにあふれる言説に振り合わされ、心は深く傷ついた。

国内で吃音治療を専門とする医師は限られている。やっと「吃音」と診断されたのは、発症から1年後。小学6年生から地元の「ことばの教室」に通い始めた。支援を受けられるまでの1年は「闇」そのもので、孤独だったと母は言う。

陸さんに変化が訪れたのは、ことばの教室に通い始めて間もなくだった。当事者団体でNPO法人「よこはま言友会」を知り、交流会に参加したのだ。同じ症状を持つ子どもと気兼ねなく話すことで「吃音で苦しむのは自分だけではない」と前向きになれた。一方で「必ずしも治るものではないことも知り今後が不安になってしまった」ともいう。

中学校に入学すると、母が学校にを説明し、必要な配慮を求めた。学級担任は、すぐクラスメートに「吃音とは何か」をテーマに授業をしてくれた。学校生活では柔軟な配慮を受けている。授業で当てられたときはタブレット端末で答えることを認めてもらっている。小論文を発表する授業では、放課後仲のよい同級生たちの前で発表できるようにしてくれた。からかってくる生徒を注意したり、最後まで話を聞いてくれる友人もできた。「吃音はあるけど話しやすい環境です」と、学校生活に充実感を感じているという。

これから先も受験や就職の債の面接など大きな壁が控えているが、母は「どのような支援があるか調べ、共に吃音に向き合いたい」と話す。

吃音を持つ吉田暉さん(22)の母・雅代さんは、「社会的理解が進んでいないため、必要な支援を受けるまで保護者の負担があまりにも大きい」と語る。暉さんは小学校時代は周囲にからかわれるなどつらい思いをした。親子で吃音と向き合い、今では自身の症状を受け入れられるようになった。雅代さんは、吃音について理解を深めてもらうために講演などで経験を伝えている。雅代さんは、吃音の知識を持つ人材や相談機関の不足のため、個々のニーズに合った支援に結びつくケースは多くないと感じている。

文部科学省特別支援教育課によると、学校側が児童・生徒の吃音を把握した場合は、「ことばの教室」などでの指導につなげ、当事者や保護者と話し合いながら支援方法を決めることになっている。一方で「すべての教員が吃音について十分な知識を持っているとは限らず、対応が満足ではないケースも否定できない」(担当者)と認める。こうした現状を踏まえ、文科省は2021年6月、小中学校教員に向けた「障害のある子供の教育支援の手引き」を改定。吃音などの言語障害で意思疎通が困難な場合は、筆談や情報通信技術(ICT)機器の活用を推奨するなど、具体的な対応方法を示したという。

吃音の対応で難しいのは、症状やその重さも個人差があり、支援方法も一律ではないことだ。暉さんは、小学生までは吃音があることをカミングアウトし、必要な配慮を求めていた。だが、中学・高校時代は「実は周りはそんなに気にしていない」とわかり、自分から進んで打ち明けることはしなかった。吃音のある子ども全てが手厚い支援を求めているわけではない。ただ、雅代さんは「学校でのトラブルは吃音のことを理解してもらえれば防げるケースが多い」と指摘。しかし、育て方が悪い」と責められたり、モンスターペアレントと見なされることを恐れ、学校に相談できない保護者もいる。「教育や育児の専門家でも吃音について知識がある人は少ない。特に小中学校の教員を対象に、吃音を教える機会をもっと作ってほしい」と願う。

暉さんは無事就職活動を終え、卒業後はコンサルタント会社で働く予定だ。吃音当事者にとって、社会に受け入れられていないことが何よりつらい、と考えている。「配慮が必要なのは吃音だけではない。多様性を認める寛容さを社会が持つことが大切です」と訴える。

吃音は、脳の機能障害が原因とする学説が有力だ。国立身体障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)などが2021年にまとめた「幼児吃音臨床ガイドライン」によると、幼児期(2~4歳)をピークに約5~8%の割合で発症。治癒するケースもあり、全人口では約1%と推計している。日本では、世界保健機関(WHO)が作成した国際疾病分類(ICD-10)などに準拠し、発達障害に分類されており、障害者差別解消法や障害者雇用促進法に基づく「合理的配慮」の対象となっている。医師の診断があれば、主に精神障害者手帳を取得し、支援を受けられる。ただ、吃音が支援を必要とする「障害」であるかどうかを巡っては、当事者間でも意見が分かれており、皆が手帳取得を希望するわけではない。

特別支援教育に詳しい広島大の川合宗紀教授(言語病理学)は、最初の1音が出にくい「難発」など症状によっては「周囲が吃音と気付かないケースもある。画一的に『こう支援すればよい』というものではなく、当事者にあった方法を連携して考えていくべきだ」と指摘。子どもの吃音については「信頼できる人物が寄り添いながら、どのような支援が必要かを一緒に考えることが重要だ。そうすることで子どもが配慮を求めやすくなり、吃音を受容しやすくなる」とアドバイスしている。