パブコメ「もっとも伝えやすい手話(第1言語)で」

2022/05/07

朝日新聞 2022年4月27日

昨年12月、厚労省が「難聴児の早期発見・早期療育推進のための基本方針(案)」を公表して意見公募(パブリックコメント、以下パブコメ)を始めた。要項には「日本語に限る」とあった。障害がある人の情報ギャップの打破に取り組むNPO法人インフォーメーションギャップバスターの伊藤芳浩理事長は危機感を覚えた。幼少時から聞こえない人が最初に身につける言語は、手話であることが多い。後に読み書きを覚えても、手話の方がスムーズに理解できる人たちもいる。手話は2011年改正の障害者基本法で言語と明記され、アイデンティティーのよりどころでもある。「手話を第1言語とする者の意見を聞いてほしい。手話でしか伝わらない部分がある」

生まれつきほとんど聞こえない伊藤さんが1970年代に通ったろう学校では手話は使われず「口話教育」を受けた。親とのコミュニケーションも3割ほどしか理解できず、家でも孤独感を抱いた。20歳を過ぎて身につけた手話で自在に意思疎通が図れるようになり「小さいころから手話に出会っていれば」と感じたという。伊藤さんは手話を録画した動画もパブコメとして認めるようネット署名を募り、741筆を厚労省に提出。その翌日、厚労省は手話動画を記録したDVDでも受け付けることを要項に追記した。厚労省によると、約1ヵ月間に寄せられた326件の意見のうち、20件は手話動画によるものだった。

ろう学校の先生ら有志のろう者は、基本方針案に「聴者に近づけるための療育で、ろう児の言語保障にはほど遠い。ろう児や難聴児は療育対象という考えが広まり、言語としての日本手話が消えてしまう」と危機感を抱き、手話に翻訳した50分ほどの動画をユーチューブで公開した。

行政手続法は意見公募での言語について「特段の規定はなく、運用上原則として日本語を使っている」(総務省調査法制課担当者)。今回の対応は中央省庁としては初とみられるが、あくまで案の内容と要望をふまえてのこと。今後すべての対応が変わるわけではないが、伊藤さんは「まず前例を作った。一歩始まったと思っている」と受け止める。

今回の対応を、ろうあの田門浩弁護士は障害のある人が壁を感じずに生活できるようにする「合理的配慮」の観点から注目する。障害者差別解消法は負担が重すぎない範囲で対応することを求めている。日本初のろうあ弁護士となった田門さん自身、大学の授業や司法試験の口述試験、司法修習でその都度手話通訳をつけてもらうことなどを交渉してきた。今、ろうあの弁護士は複数いる。厚労省が要望を受け止めたことに希望を感じている。「要望があって社会が気付くことが多い。これからも障害のある人がいろいろ要望し、社会にもっと気付いてもらう。その後には要望しなくても社会が配慮を考える、そのような社会になればと思います。