新型出生前診断 「拡大ありき」で進んだ議論 背景に無認定施設急増

2022/04/02

毎日新聞 2022年3月7日

妊婦の血液から胎児の染色体疾患を推定する新型出生前診断(NIPT)について、国や学会などの運営委員会が新たな指針を作った。強い希望があればすべての妊婦が検査を受けられるようになる。NIPTは「命の選別」につながりかねないとの批判も根強いが、複数の委員は「最初から拡大ありきの流れができていた」という。

NIPTはこれまで、日本医学会の認定を受けた108医療機関が日本産科婦人科学会(日産婦)の指針に沿って実施してきた。リスクが高まる高齢妊婦(目安は35歳異常)を対象とし、検査の目的や限界、出産後の支援制度などを事前に説明する遺伝カウンセリングが原則だった。新たな指針は、カウンセリングの対象を全年齢に広げ、不安が解消されない場合は35歳未満でも検査を受けることができる。検査できる医療機関も広がり、約3倍の施設が認定される可能性がある。また、これまで国や日産婦は「NIPTについて積極的に知らせる必要はない」という立場だったが、今後は母子手帳を配布する際にチラシで全妊婦に知らせることになる。こうした運用は今春にも始まる。

運営委員会は昨年11月に非公開で初めて開催、2回目の2月に早くも新指針をとりまとめた。その間、作業部会で複数回の議論があったが、ある委員は「議論の叩き台はゼロベースでなく、拡大ありきで進んだ」と明かす。遺伝カウンセリングの質の担保を各施設に委ねたことを問題に感じていたが、「短期間で落としどころを探るしかなかった」と話す。別の委員は「全妊婦へ情報提供が必要かという点について話し合いすらまともになかった。無認定施設に流れる妊婦への対処という目的で、既定の流れがあったと感じた」と振り返った。

日産婦は、若い妊婦を対象とするなど指針に従わない無認定施設の急増に対し、2019年3月、指針を緩和して認定施設を増やす方針を打ち出した。無秩序な検査拡大を懸念した日本小児科学会などが反発し、厚生労働省がいったん議論を引き取ったが、拡大はいわば既定路線だった。しかし、新指針でも無認定施設への罰則など直接的な対応は盛り込まれず、無認定施設を利用する妊婦が減るかは不明。NIPTには、本来生まれうる命を胎児の段階で排除する「命の選別」につながるという指摘もつきまとう。生命倫理に詳しい斉藤有紀子・北里大准教授は「今回の決定は国も関与している点で、これまでの学会レベルの取り決めとは意味合いが異なる。対象疾患の排除が今以上に進みかねない」と指摘。その上で「今後、検査が促進されていく恐れがある。妊婦のどのような選択も支える環境整備と、検査を差別につなげない具体的施策が必要だ」と強調する。

千葉県の女性(40)は2019年、無認定クリニックでNIPTを受けた。念のためにという思いだったが、「21トリソミー(ダウン症)のリスクが高い」という結果だった。クリニックの医師は医学的な説明に終始、「多くの人はあきらめます」とも。その一言が頭から離れなかった。女性は羊水検査で確定後、悩んだ末に中絶を決断した。女性は「結果が出てからの時間は限られている。陽性の可能性も含め、検査前によく考えておくべきだった」と振り返る。「ダウン症のある人がどのように生き、どんな支援があるのかといった情報が欲しかった。未来が想像できれば選択は変わったかもしrない」

検査の目的や遺伝情報などについて事前に説明する遺伝カウンセリングは、当事者の意思決定を支援するための重要な機会だが、十分な質をどう確保するかは各施設に委ねられている。カウンセリングの担い手育成は喫緊の課題だ。認定施設である東京女子医大病院は、若い妊婦にNIPTを提供していないが、遺伝カウンセリングは年利制限を設けず実施してきた。不安の背後にある心理的、社会的要因を聞き取ることで、カップルに応じた対応ができ、出産に向けた準備にもつながるからだ。養成の場合にどんな決断が必要になるかを伝え、カップルが考える時間を尊重している。臨床遺伝専門医の松尾真理・同大准教授は「NIPTが妊婦の不安を解消するとは限らない。何がその人のためになるか一緒に考え、自己決定を支援することが大切だ」と話す。