
強制不妊 県いまだ謝罪なく 違憲判決の障害者差別政策県内で推進
神戸新聞 2021年10月13日
旧優生保護法(1948~96年)下での障害者に対する不妊手術をめぐる訴訟の判決が8月にあり、神戸地裁は旧法を違憲と断じた。兵庫県は1966~74年に「不幸な子どもの生まれない県民運動」として、全国に先駆けて優性政策を推進した過去がある。県が同運動の差別生を総括、謝罪したことはなく、過ちと向き合わない県の姿勢が問われている。
「不幸な子どもの生まれない県民運動」(以下、運動)は1966年、当時の知事の肝いり施策としてスタート。1970年には全国大半の県に拡大した。経済成長を支える福祉の拡充とコスト抑制が求められる時代背景があった。推進時、兵庫県は遺伝疾患や障害のある子どもらを「不幸な子ども」と定義し、精神障害者について「生まれること自体が不幸」と断言していた。県は運動の普及ぶりを自賛、メディアも好意的に取り上げ、神戸新聞は運動に期待する社説を掲載。運動のPRや啓発に協力した。運動で県は、出生の防止を奨励。不妊手術や羊水検査費用に独自の補助制度を設けていた。並行して医療体制整備や保健指導などの母子保健対策も進めた。
一石を投じたのは、障害者たち自身だった。1974年、脳性まひのある人たちの団体「青い芝の会」が抗議し、県は運動を「よい子をうみすこやかに育てる運動」に改名。しかし75年に運動を肯定した書籍を改訂増刷しており、完全に政策転換したわけではなかった。
その後県は運動をどのように総括したのか、神戸新聞は1974年以降で県の見解が示された文書の情報公開請求した。
開示されたのは2017年以降、障害者団体などからの質問に県が答えた文書8件。「1971年に作成した冊子の中で運動を検証済み」「今後検証を行う予定はありません」と明記。障害者を不幸な存在として不妊手術を推進したことは「現在では不適切であったと考えている」との表現にとどめ、差別的な施策の反省は含まない。
強制不妊手術の実態を研究し、県に運動の検証を求めてきた立命館大学の利光恵子客員教授(生命倫理)は、運動が兵庫から全国に広がり「優生思想や障害者への差別意識を深く社会に根付かせる上で大きな役割を果たした」と指摘。
日本の優生思想の正当性は近年、根底から否定されている。県が運動の根拠とした旧法は2019年以降、神戸を含む4地裁が違憲と判断。同年4月、不妊手術被害者の救済法成立時に「おわび」を盛り込んだ首相談話が発表された。神戸市で障害者団体の運営に携わる大学非常勤講師の吉田明彦さんは「県は独自の施策を行っており、独自の総括や謝罪、被害者救済の必要がある」と話す。
旧法をめぐる神戸地裁訴訟の原告のうち2人が運動の実施期間中に不妊手術を施された。神戸地裁は判決で、2人の手術で旧法の規定が順守されず、ずさんな運用で障害者の人権が侵害された実態に光を当てた。原告弁護団や支援者らは、背景に優生思想の社会的な浸透があったと主張。障害者を不幸な存在と決めつけ、排除しようとする雰囲気を醸成したとして運動を批判している。





