(共生のSDGs 明日もこの星で:1)「助けてほしい」、声を上げた 盲ろう者、「触れる」消え孤独

2021/01/16

朝日新聞 2020年12月28日

 2030年までに変えたい世界の未来図を示したSDGs(持続可能な開発目標、2015年に国連が採択)、17の目標が掲げられている。みんなで明日を刻んでいくために自分にできる一歩を考えていく連載。 

 1回目は、コロナ禍によって突然日常を奪われた、盲ろう者の加賀明音さん(23)の事例から考える。

 加賀さんは、自分の世界を広げたいとの思いから実家を離れ、3年前に大阪市にある全国唯一の盲ろう者向けグループホームに移り、他の盲ろう者と共同生活を始めた。指文字や触手話といった意思疎通を図る方法を学び、手工芸などの就労訓練に取り組んでいる。だが、新型コロナウイルスへの感染リスクを減らすため、4月からしばらく実家に戻った。一日の大半をひとりで過ごし、パソコンで「点字ディスプレー」を使って世の中の動きを追い、オンラインで交流が広がっていることを知った。横浜市の市民団体「野毛坂グローカル」が5月に開いた「新型コロナで取り残されそうな人」というテーマのオンライン勉強会が気になり、SNSで「文字のやりとりで参加させてほしい」とメッセージを届けたところ、参加者の発言や会場の雰囲気を文章で送ってもらえることになり参加した。

 誰もが自然に「助けて」と言い合える社会になったら、そんな思いをつづった作文は、上記団体が「誰ひとり取り残さない」をテーマに募った今夏の小論文コンクールで大賞に選ばれた。《今までに、しかたがないとあきらめたことは何度もあります。あきらめるしかないと思っていたから。助けて下さいと言えるようになってから、気持ちがらくになりました。私も誰かのためにできることがあるのだろうか、考えられるようにもなってきました》

 7月、加賀さんはグループホームに戻った。世界を広げたい、できることを増やしたい、一歩ずつ踏み出したいという思いは日々強くなる。「いつも普通と違う扱いで、支援は受ける側。でも、みんなが何かに困っている。『普通』って何なのか学問を通して考えてみたい」と大学進学も目標に定めた。

 11月22日、野毛坂グローカルが企画した若者の交流会に参加した。大学生約30人が武蔵野市の会場やオンラインで参加し、通訳・介助者の指文字を通じて加賀さんと語り合う形で進められた。

 グループホームを出発し、武蔵野市の会場に着くまでの旅路を説明。新幹線に乗る新大阪駅まで電車で20分のところを、電車を乗り継ぐたびに行き先を駅員に伝え、乗降用スロープを設置してもらうなどして1時間以上かかった。ヘルパーと別れて乗車した新幹線では、多目的室を開けてもらってひとりで過ごした。事故やトラブルを避けるため、鉄道会社とは出発前に綿密な打ち合わせをしていた。「本当は、ぶらり途中下車みたいなことをしてみたいんですけどね」と加賀さん。目も耳も不自由なら何もできないと思われがちで、自分ができることを相手に理解してもらうのに時間がかかること、そんな戸惑いも打ち明けながら「取り残され、不便を感じているのは障害者だけではない。みんなが関わり合う社会の中で、私もその1人として参加できるようになればと思う」と語った。

 司会を務めた木俣莉子さん(20)は、盲ろう者と向き合うのは初めてで、東京駅で加賀さんを迎えたときは緊張したが、会場まで車イスを押すうちに「障害者への支援を難しく考えていたが、友だちと知り合い好きになっていくことと同じだとわかった。相手が困っていることを聞き、できるなら助けてあげる、それでいいのだと思った」

 野毛坂グローカル代表の奥井利幸さん(59)は「本当に『誰ひとり取り残さない』社会とは何か、学ぶきっかけを加賀さんに与えてもらった」と振り返る。

 *このほか、コロナ禍で産後うつに苦しむ母親も深刻な状況になっていることを紹介。