今を超えて~やまゆり園事件から4年 上・中・下

2020/08/02

朝日新聞 2020年7月20日、21日、22日

 相模原市の「津久井やまゆり園」で、障害のある入所者19人の命が奪われた事件からまもなく4年。裁判では加害者の死刑判決が確定しました。コロナ禍にも見舞われた今、障害のある人を取り巻く環境はどうなっているのか、3回で報告する。

㊤ 命の意味問い 見つけた居場所

 横浜市の障害のある2人の日常を紹介。

 中卓也さん(32)は知的障害を伴う自閉症と視野障害があり、生活介護事業所に通っている。事件当時、報じるテレビに釘付けになった。「障害者は不幸しか作れない」という容疑者(当時)の言葉に、「自分は人に幸せを与えることができているのだろうか?」と思った。コミュニケーションがうまくとれず友だちの気分を害することがあったり、就職したがうまくいかず退職し先生や親に心配をかけたり…。容疑者の言葉を否定する自信がなかった。一人前に稼ぎ家庭を持つ「一般的な幸せ」からも自分は遠いと思った。そうした思いを変えたのは、人との交流だった。事業所を運営するNPO法人のスタッフから、中さんの描く絵が面白い、と法人の新聞に絵を描くことを進められた。自分の絵を喜んでくれる人がいることがうれしかった。「幸せ」の基準はひとつではなく、自分のものさしではかるものでは、と気付いた。ところが今年、新型コロナウイルスの影響で事業所は休みになった。苦手とする「先が見通せない状況」が長引き、「不安に押しつぶされ」イライラも募った。5月から通所が再開し、気持ちは落ち着いてきた。しかし不安の種もある。部屋の窓を開けているときに仲間が大きな声を出したところ、「うるさい」という声が聞こえた。心も体も固まった。不寛容な社会との溝を感じた。これから地域の人と出会いわかり合いたいと思う。仲間やスタッフの笑顔と支えがあればできる気がする。「自分の幸せのものさしを強くしたい」と思っている。

 渡部京子さん(64)は脳性まひがあり、車椅子を使う。4年前、障害者団体の機関誌にこう投稿した。「生きていてもいいんだよね。それさえわからなくなるような衝撃を私に与えました」。容疑者(当時)の主張以上に、それに対する共感がネットにあふれていたことがショックだった。いやしてくれたのは作業所(生活介護事業)だった。変わらぬ日常に安心した。だが、コロナ禍で一変、「街から車椅子が消えた」。緊急事態宣言の期間中、作業所は利用者数を縮小、普段は電車などで通う利用者も車で送迎された。感染防止のためだけでなく、自粛期間中に障害のある人が街に出れば厳しい視線を浴びると恐れるからだと渡部さんは考えた。「戦争中もこんな感じだったのかな」、障害者は生産性のない人間とされ隅で生きていかなければならないと思わされる空気。歴史が今に重なる。そんな社会は誰にとっても生きにくいのではないかと思う。コロナが収束したら、街に障害者がいる日常に戻ってほしい。「生きているだけで素晴らしい。そうは思いませんか?」

㊥「顔」見える関係 築いていく

 5月、松山市内の精神障害者通所施設の郵便受けに、活動を自粛するように求めるビラが投げ込まれた。施設の利用者が通院している市内の病院で、新型コロナウイルスの集団感染が起きたためだ。利用者の中にはビラにショックを受け、通えなくなった人もいた。施設では6月、防犯カメラを設置した。コロナ禍での息苦しさを、誰かを攻撃し排除しようとする行為は弱い立場の人を排除しようとする点で、やまゆり園事件の死刑囚や、社会に根強くある優生思想とつながっているのではないか、施設を運営するNPO法人理事長の谷本さん(63)はそう感じている。設立から15年、地道に顔の見える関係を積み上げてきた。多くの励ましが寄せられたのは、これまでのつきあいの実りだ。「障害者の本当の姿を見せていく、それが差別や偏見を少しでもなくすのだと思います」と谷本さんは語る。いつか防犯カメラのない社会に、と願っている。

 都内の事業所に通う男性(28)は4月、新型コロナウイルスに感染した。5月に通所を再開する際、「仲間や職員から避けられたらどうしようと思った」。「治ってよかったね」と声をかけられ、「ここは自分が生きていていい、と思える場所です」と言う。男性はまず家族が感染、自身は無症状のうちから休んだので濃厚接触者はいない、と保健所。事業所が特定されることはなかった。社会に広がる「コロナ差別」を危惧し、男性の感染は利用者と家族にのみ知らせた。偏見の根強さを思った。偏見をなくすには「ここが障害のある人の生きる場であることを伝え、批判を乗り越えていくしかない」と、障害のある人の生活を伝えていこうと心がけてきた。

㊦切り捨てられる恐怖 コロナ禍と地続き

 「骨形成不全」で車椅子を使っている伊是名夏子さん(38)の話。障害者たちが今まで社会の中で体験してきたことや心の傷により不安ゆえ、感染したら「世間から非難される」と恐れる。自身の結婚の際夫の親族から猛反対された。最もつらかったのは友人や同僚に「仕方ないじゃない」と言われたことだ。そこには「障害者は世の中のお荷物だ」という意識がある。だからやまゆり園事件は悲しかったけれど、驚かなかった。被告(当時)の主張と同様のメッセージは社会にたくさんあり、今も変わっていないと思う。コロナ禍では平時から弱い立場の人ほど追い詰められた。非常時に切り捨てられることもよくわかった。障害による命の選別が起こらないか心配だ。一方で変化も感じる。コロナによる不自由は、障害のある人の日常だ。「障害者なんだからできなくて当たり前」とされてきたことがみんなの問題になった。色々な支援や選択肢が生まれ、色々な人の生きやすさにつながってほしい。障害のある人も当たり前にいる社会を目指し、発信している。子どもが色々なことを質問してくると大人は止めようとするが、聞いてくれていい。障害をわざわざ説明するのでなく、日常会話の一部になればいいと思う。

 専門家の立場から、二本松学舎大准教授・荒井裕樹さん(40)は以下のように語る。やまゆり園事件を忘れることは、社会の中で誰かが殺されても気にならない社会になるということだ。それはコロナ禍で起きていることと地続きだということを自覚しなくてはならない。命を救うための医療資源が不足するような非常時には、「命の選別」の議論が顔を出す。そもそも命の選別をしなくてもよい社会のシステム作りを政治はしなくてはいけない。社会が平穏でなくなったら、諦められても仕方がない命があるという共通認識を無意識に社会の中で作りつつあるのではないか。それは障害者がこれまで直面してきた状況と同じだ。今回、症状があっても検査を受けられない、など「守ってもらえない」「見捨てられるかもしれない」という恐怖を多くの人が感じたと思う。その感覚は忘れてはならないものだ。障害とともに生きている人たちはそのような感覚とともに生きているのだ。今後の世代が生きる社会もそれでいいのか、今、考えないといけない。