耳の聞こえない父が初めて歌った 息子にささげる魂の子守歌 映画「うたのはじまり」

2020/03/29

2020年3月23日 神戸新聞

 ろうの写真家・齋藤陽道さんは、音楽に縁のない世界に生き、「うたは嫌い」だった。3歳から補聴器をつけて「何もかも一緒くたに聞こえる環境音の中で必要な音を選び取っていた」が、小学校高学年からついていけなくなり「音声社会の全部がつまらなくなった」。20歳で補聴器をやめると「よけいな思いに惑わされず、見たいものを見ることができた」。手話を使うようになり、写真家になった。同じろうで写真家の妻・森山麻奈美さんとの間に生まれた耳の聞こえる息子との日常を追った、河合宏樹監督の映画「うたのはじまり」。

 泣きやまぬ息子を抱き、思わず発したのが「子守歌」だった。「目の前の子どものために何かしようという思い。でも、歌い方はわからない。子どもの名前をなんとなくつぶやき、その時の心地よさに声を加えていった」。子どもが眠り、自分が「歌っていたのか!」とわかった。齋藤さんが「歌は身近にあるものだと実感した」瞬間だった。

 映画には絵字幕版(バリアフリー日本語字幕付き)もある。劇中家をアーティストが描く「音楽から想像する色や形で表した『歌の字幕』」だ。その絵を見て「初めて自分の歌と出会えたと思った」と齋藤さん。「歌とは、目に見えない、盲一本の手として子どもに触れられるもの。すごいなと思います」