共生とは~やまゆり園事件から➀➁➂➃⑤

2020/01/14

朝日新聞 2020年1月6,7,8,9,13日

➀思いはある 伝えられなかっただけ

 堺市の知的障がいのある宮下愛さん(33)は、意志決定支援を受け始めて6年余り。昨年12月には「1年後はどんな暮らしをしていますか?」と聞かれ、「仕事は皆勤で、有休を使って楽しみたい」と笑顔で言った。知的障害者は何もわからないという見方は「思い込み。会話ができない重い障害者も、表情や、その人に合った道具を使って意志を伝えることはできる」と話す。宮下さんの障害程度は「重度」と判定されている。「私にはいっぱい思いはあるけど。どう伝えていいかわからなかっただけ」

 東京都内で母親と暮らす稲森詩帆さん(41)は、2年前「グループホームで暮らしたい」と希望を伝えた。入居したが、母親が「帰ってきて」と言ったこともあり自宅に戻った。しかしその後引きこもりがちになり、生活リズムも崩れ言葉数も減った。昨年10月支援員の提案で施設に通い始め、介護の必要な母親もデイサービスに。「本人の思いをくみ取り実現するには、チームで支え、家族にも配慮することがカギ」と支援者は話す。母親も「本人が納得する生き方を選ぶのが一番だと思えるようになった」と言う。

 兵庫県加古川市の手をつなぐ育成会が2018年、会員の知的障害がある本人とその保護者に実施した調査(270組が回答)では、誰とどこで生活するかを決めたのは「自分」と答えた本人が18%だった。「本人の将来について誰が決定すると思うか」には、「保護者」が75%、「本人」は19%だった。社会福祉法人育成会(いわき市)の古川敬事務局長(60)は「どんなに障害が重くても意志はある。意志決定する場面だけでなく、日常的に自分の思いを出していいという経験を重ねることが必要だ」と指摘する。

 被告と面会した、福島智さん(57)の話。「魂の嘔吐」とも言うべき強烈な不快感に襲われた。直接対話することで、短絡的で、純粋とも言える残忍さ、幼い思考がストレートに心に突き刺さってきた。一方で、私たちの価値観と無関係とは言い切れない。生産能力の差で人を選別し、命に優劣をつける優生思想の目は、私も含めすべての人の中にあると思う。しかし、無条件に人は生きる価値がある。命の価値に序列をつけない。それが私の考える共生社会だ。

 私は3歳で右目を、9歳で左目を失明。14歳で右耳が、18歳で左耳が聞こえなくなった。健常から全盲ろうへと生きてきたことは、周囲から隔絶されていく過程と言えるが、命の価値は同じだと気づかされていく道のりでもあった。私がどうにかやってこれたのは、指点字というコミュニケーション手段があり、それを用いて支えてくれる人がいたから。「命は平等だ」と言うだけでは社会は変わらない。いろんな人と交わることで、それぞれが苦しみも悲しみも夢も希望も持っていると理解できる。そんな出会いを通じてこそ、命には優劣も序列もないと実感できるようになると思う。

➁介助者は自分で決める

 札幌市の渡辺賢治さん(29)は難病で言語によるコミュニケーションがとれず、痰の除去など24時間の介助が必要だ。札幌市が2010年から独自に導入している、パーソナルアシスタンス(PA)制度の介助者が生活を支えている。約15人の介助者と契約し、24時間365日の介助を実現している。PAは、重度の障害者が介助者を自ら選び、事業所を通さず直接契約できる。介助費の利用者負担は原則1割で、残りは市が負担する。障害者自身が主体となり、居心地のよい生活を作っていく、欧米で発展した理念を取り入れた制度だ。介助者の一人は「付き合いが長くなるにつれ、家族に対する思いに近いものを感じるようになってきた」と話す。

 PA制度には課題もある。相性の合う介助者がなかなか見つからなかったり、提出書類が煩雑などの負担がかかるためだ。北翔大の梶晴美教授(障害福祉)は課題はクリアできるとした上で、PA制度によって介助者を自ら選ぶことには、自己決定権の行使都政活の質の向上という二つの意義があるとする。「いつ、誰に、どのように介助を受けるかを自分で決めるのは一つの自立の形だ。気に入った人に介助を受けることで、人としての尊厳が守られ、自分らしい生活を送れる」と話す。

➂グループホームのそば「反対」の旗

 グループホーム(GH)は家庭的な雰囲気のもと、共同生活を行う住まい。国は、知的障害や精神障害の人が地域で生活できるよう進めており、GHはその受け皿となる重要な場所だ。しかし、2019年2月、町田市でGHの建設が始まると激しい反対運動が起きた。「聞くに堪えないようなことばが発せられ、理解を得るのは難しいと思った」と計画した運営会社の事業推進部長は語る。こうした「施設コンフリクト(紛争)」と呼ばれる状況が、各地で起きている。

 GHを開設するに当たり、事業者が近隣住民らに説明をする必要はない。「障害者差別解消法」の付帯決議では、GHの認可などに際して周辺住民の同意を要件としないことを徹底するよう国や自治体に求めている。横浜市のGHは市の認可から4ヵ月が経った2019年10月、障害者を受け入れ始めた。周辺には「運営反対!」「子どもたちの安全を守れ!」の旗がはためく。ある住民は「障害者を差別しているわけではない」というが「子どもたちに何かあったらどうするのか」と強調する。市障害企画課は「旗に書かれている文言は差別に当たると認識している」と明言。撤去を住民らに要請しているという。

 大阪市立大学大学院の野村恭代准教授(社会学)によると、2000年から10年間に精神障害者を対象に開設した施設を調べてところ、回答した154施設中26施設で何らかの反対運動が起きていた。野村さんは「反対住民は漠然とした不安を抱えている」と指摘する。しかし犯罪白書によると、刑法犯で2018年に検挙された精神障害者(知的障害者も含む)は全体の1.3%だ。野村さんは「障害について知る機会がなかったのが悪い。人と人との関係を築くのが先決」という。施設コンフリクトに長年関わってきた池原毅和弁護士は「精神障害者らが地域で暮らすために、近隣住民に説明しないといけない社会がおかしい」と強調、現在啓発DVD作成に取り組んでいる。協力するNPO法人「たま・あさお精神保健福祉をすすめる会」も2014年、GHを開設する際に反対運動を受けた。理事長の三橋良子さんは最近、反対運動に関わっていた住民から「あの頃は、精神障害者のことを知らなかった。町内会の掃除にもよく出てきてくれて。ご近所なんだから気兼ねしないで」と声をかけられた。実際に住み始めて、受け入れてもらえると感じるという。近所に住む男性は「あれだけ大騒ぎしたけど、できる前とできた後、何も生活は変わっていないよね」という。