発達障害 寄り添うため(記者解説)

2019/09/06

朝日新聞 2019年9月2日

 発達障害は脳の機能障害が原因とされ、手術や投薬では解決しない。障害特性は一人ひとり違う。専門家や専門機関と早めにつながり、社会生活上の困難を小さくすることが大切。障害を見過ごされてきた大人、「グレーゾーン」の人たちの支援も課題。

 東京都内の女性の長男(中2)は発達が遅く、落ち着きがなかった。1歳半検診では「経過を見ましょう」と言われ、病院を受診しても「発達障害の疑いはありますが…」とあいまいだった。ママ友から江戸川区の児童精神科クリニック「まめの木クリニック」を知り、約10ヵ月待ちで受診、発達障害と診断された。女性は「むしろ安心した。それまでは情報が得られなくて先が見えなかったから」と振り返る。

 発達障害かどうかは、生育歴を聞き取る問診や知能検査などを経て医師らが診断する。厚生労働省によると、特性を適切に把握できる児童精神科医は少ない。「まめの木クリニック」の上林靖子院長は「発達障害の特性ゆえのやりにくさをうまく乗り越えていけるようにして、社会に送り出してあげることが大切」と指摘する。

 発達障害は一様ではなく、特定の課題の学習につまずく「学習障害」、こだわりが強く、他人の気持ちを想像したり共感したりするのが苦手な「自閉症スペクトラム症」、衝動性が強かったり不注意が多く落ち着きがなかったりする「注意欠陥・多動性障害」があり、重複していることもある。感覚刺激に過敏だったり、逆に鈍感だったりする人もいる。

 2005年に発達障害者支援法が施行され、不登校や引きこもりなどの二次障害を防ぐため、早期の発達支援が重要と盛り込まれた。「早期発見に必要な措置を講じること」が国と地方公共団体の責務となった。疑いのある子がいればいち早く地元の行政機関を頼りたい。都道府県と政令指定市に設置されている「発達障害者支援センター」も支援の窓口だ。行政とつながると、発達段階に応じた児童発達支援や放課後等デイサービスなどの情報も得やすい。小中学校だけでなく高校でも、通常学級に在籍しながら特別な指導を受けることができる。

 困難を抱えていたのに子どもの時に「見過ごされた」人もおり、大人の発達障害専門の外来では来院者が絶えない。また、傾向はあっても診断に至らない「グレーゾーン」の人もいる。こうした人たちは困っているのに、支援を得にくい。神奈川県の男性会社員(32)は子どもの時から不注意が多かった。周囲から孤立し、22歳でうつ病に。発達障害を疑って受診したが、医師からは「傾向はあるが断定できない」と言われた。2年前、グレーゾーン当事者の支援団体「OMgray事務局」をつくった。定期的に集まり、就労や生活の困りごとの解決策を情報交換する。男性は「社会にいる普通の存在として受け止めてほしい」と話す。女性の当事者会「Decojo」には診断を受けた人もグレーゾーンの人も参加し、困りごとをブログに書いている。代表の沢口千寬さん(27)は「当事者だけでなく、振り回されている人や社会にも見てほしい。理解し合い、歩み寄れるようになれば」と話す。

 2017年度、発達障害関連で受診した人は推計23万人。生きづらさを抱えたまま社会に紛れている人は多い。「空気が読めない」「ミスを繰り返す」など、当事者の困りごとは切実だが、外からは見えにくい。「怠けている」「だらしない」と責められやすい。発達障害ということばさえ知られていない時代に子どもだった人は今、30代、40代を過ぎている。就職氷河期のロストジェネレーション世代とも重なり、社会からの孤立が心配だ。「人生で普通の人の100倍怒られてきた」「パターンをたたき込んで普通になろうともがく。努力して努力して、でもなれなくて。自分はダメと思い、殻に閉じこもっていく」「社会に出たら迷惑をかける。出ないことが社会貢献」当事者のことばは重い。当事者を縛る「普通」とは何だろう?一人ひとりの普通は違う。「苦手ならちょっと代わりに」とさしのべる手がたくさんあるといい。発達障害の痛みを和らげるには、医療より社会にできることが大きい。特効薬がない障害の鎖をほどいてゆく力になるのは私たちだ。