新型出生前診断、大幅緩和へ  「命の選別」懸念も、日産婦幹部「時代は変わった」

2019/03/07

毎日新聞 2019年3月2日

 妊婦の血液から胎児の染色体異常を推定する新型出生前診断(NIPT)を巡り、日本産科婦人科学会(日産婦)が実施施設を拡大する方針を決めた。小児科医や遺伝の専門家も関わり慎重に進めてきた従来の仕組みを一変させる内容や決め方に、他学会からは反発が広がる。国内解禁から6年、「命の選別」と議論を呼んできたNIPTは岐路を迎えた。

 NIPTは2013年に臨床研究として施設を限定して導入された。ダウン症など3疾患の可能性が、妊娠の早い時期に比較的高い精度でわかる。だが、母体保護法が認めていない「胎児の異常を理由にした中絶」につながるとして、施設には厳しい条件がある。拡大を議論する日産婦の委員会は昨年8月の設置された。委員名や開催日時を非公開とし、委員に情報を漏らさないようクギを刺すなど「密室」での協議にこだわった。委員は日本小児科学会など他学会の代表を含む16人だが、藤井知行理事長ら日産婦幹部を中心に8人の陪席者も加わった。複数の委員によると、陪席者の藤井氏が何度も議論に介入して新指針案に理解を求め、委員と口論になることもあったという。委員会は3回開かれたが合意に至らず、今年1月に打ち切られた。委員を務めた医師は、「指針改定案を一方的に説明され、了承を求められただけ。審議や検討などなかった」と憤る。

 日産婦が施設拡大に前のめりな背景には、開業医などからの強い要望がある。NIPTは妊婦から採血して検査企業に出すだけで済み、利潤が大きい。オランダなどが公費でNIPTを推奨している実態を背景に、「日本は慎重すぎる」との意見もある。

 一方、日本では優生保護法に基づく政策の歴史があり、現行指針も「広く普及すると、染色体数的異常を有するものの生命の否定へとつながりかねない」と警告している。今回の委員会でも、複数の委員が優生学的な問題点を指摘したが、日産婦側は取り合わなかった。日本小児科学会の高橋孝雄・慶応大教授は、個人的見解として「今回の施設基準は緩すぎる。ダウン症などの出生を防ぐことが当然視され、なぜ防げるのに防がなかったかと親が責められる社会になってしまう」と危ぶむ。だが、日産婦幹部は「時代は変わった。他学会の賛同が得られなくても国民は理解してくれる」と指摘。

 NIPTで最も重視されてきたのが、検査前後の遺伝カウンセリングだ。「夫婦の自己決定権」を担保する意味がある。現指針では、提供できるのは臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーらに限られ、資格取得に最低2~3年かかる。新指針案では、研修(昨年12月にあった研修会は半日)を受けた産婦人科医にも検査前後のカウンセリングを認め、妊婦は陽性の場合のみ基幹施設のカウンセリングを受ける。日産婦幹部は「大半の妊婦は検査を受ける時点で陽性ならどうするか決めている。検査の説明を十分すれば足りる」と話す。だが、遺伝専門医の資格を認定する日本人類遺伝学会の松原洋一理事長は「NIPTは1件あたり3万~7万円の利益が実施施設に出る。検査をした方がもうかる産婦人科医だけが提供するカウンセリングは利益相反そのもの」と批判を強める。新指針案は、遺伝カウンセリングの定義も「検査の説明と情報提供」でよいとした。生命倫理に詳しい斉藤有紀子・北里大准教授は「現在は義務である検査前後のカウンセリングを骨抜きにする内容だ。根本的な方針転換ではないか」と指摘する。一方、日産婦は「認定施設を増やせば、無認可施設への流出を防げる」と期待するが、その通りになるかは不透明だ。