障害と「働く」 上・下

2018/10/07

朝日新聞 2018年10月2日、3日

 国の中央省庁などの障害者雇用の水増しが発覚した。3人へのインタビューで背景を探る。

 上は、日本障害者協議会代表・藤井克徳さん(69)へのインタビュー。

 人は誰しも、生活の糧を得たい、社会とつながりたい、という動機で「働きたい」と思う。しかし、障害者は機能障害により働くことに困難が生じている。国の推計では、障害者は人口の7.4%。このうち働ける年齢層で、実質的に働いているのは4分の1未満だろう。日本も批准している障害者権利条約は、個々に応じた「合理的配慮」を求めている。中央省庁で障害者が働く意義には、障害者の視点や強制の考え方が政策に反映される可能性が広がるという点がある。雇用率の水増しは、障害者の政府への信頼を裏切り、貴重な働く機会を奪い、誤ったデータに基づいて国民軽視の政策作りをしていたことになる。率先して取り組むべき国のごまかしは、民間企業の雇用促進に冷や水を浴びせる。1960年に制度ができて以来、不適切な判定をしてきた可能性があるといい、算定方法解釈の誤りなどの単なるミスとは考えにくい。問題の本質は、障害者は「お荷物」で、できれば雇いたくないという障害者排除の論理だろう。公的部門の働き方は社会の縮図とも言える。雇用率の数字合わせやうわべだけの検証は許されない。本当に障害者が働きやすくなる合理的配慮を進め、障害者政策を抜本的に見直す転機にしてほしい。障害者雇用は、効率や生産性がすべてのような現代の働き方に警鐘を鳴らし、働く人が圧迫感を感じている職場に新しい風を吹き込むだろう。障害のある人の視点に立てば、病気を抱えた人も、女性も、誰もが働きやすくなるはずだ。

 下は、現場で支援する人と専門家へのインタビュー。

 障害者人材紹介会社で支援する、中村太一さん(36)

 障害者雇用の水増しは、「障害者は使えない」という偏見が底流にあったと思う。偏見が根深いのは、行政組織のマネジメント力、当事者や職場へのサポートがまだまだ不足していて、障害者の力を生かせていないから。民間企業は、試行錯誤しながら取り組みを進めている。私の仕事は障害者専門の就職支援と人材紹介。仕事内容とのきめ細かいマッチングと、就業前の準備に力を入れている。その人の状態にあわせて、上司への報告のコツやストレスへの対応などを実践的に学ぶ。企業側には、どんな時に困りごとを抱えやすいかを伝え、相談体制や業務量の調節の仕方を一緒に考える。有料の人材紹介会社にニーズがあるのは、企業も力を生かして定着してほしいと願っているからだと思う。今の課題は、在宅勤務や短時間勤務を希望する障害者の就職で、雇い入れる職場全体の働き方改革と適材適所のマネジメント力がカギ。経済産業省の元職員が部下にいる。「霞ヶ関にはいられない」とと転職、体調の波はあるが、それは他の人も同じ、互いにカバーし合って活躍している。民間企業も変わろうとしている。中央省庁も今回の問題をきっかけに、知恵を絞って障害者雇用を進めてもらいたい。そのための働き方改革にも取り組んでほしい。

 日本福祉大准教授の伊藤修毅さん(43)

 ここまでが健常で、ここからが障害だと、明確な線引きができるものではない。理念と制度が矛盾しているとも言えるが、制度がある以上どこかで線引きをして「障害者」と認定しないと、対象者を決められない。ただ、真っ二つに分ける2分法だけでない仕組みは作れるはずだ。 障害者の就労には、一般就労と福祉的就労がある。一般就労ではおおむね労働者の基本的権利が保障されるが、実際は「労働能力に応じて給料を最低賃金よりも減額できる」という特例が適用される場合がある。さらに福祉的就労では、労働者として認められず福祉サービスの利用者として扱われ、労働者としての基本的権利はほとんど保障されない。労働者の権利が守られる形で働ける仕組みを、個々の障害の度合いに応じてもっと多様に設けた方が障害者のニーズに近いだろう。そのためにまず2分法から抜け出すべきだ。