きょうだいたち~やまゆり園事件から2年(上・中・下)

2018/08/01

朝日新聞 2018年7月19,23,24日

 重い障害のある入所者19人の命が奪われた「やまゆり園事件」。命を選別する植松被告の言葉は、社会に暗い衝撃を与えた。障害者の「兄弟」として生きる人の目を通して考える。

 (上)では、滋賀県の養護学校教諭、久保田優里さん(28)のケースが紹介されている。兄の植松暖人さん(30)は脳性まひで、重い知的・身体障害がある。両親は、兄を特別視せず、隠すこともなかった。兄の障害を意識したのは9歳の時だった。中学生になると、友人に兄の存在を隠すようになった。なぜ言えないのか、重複障害がある兄の本当の姿を伝える方法がわからなかった。「後ろめたい気持ちがずっとあった」。小学校教諭として働き始め、2年前に養護学校に移った。障害のある家族がいることは「普通」じゃないと思い続けてきたが、学校の子どもたちやその家族と接する中で、「特別なことではない」と思うようになった。

 (中)は、弁護士・藤木和子さん(35)のケース。仙台市内で6月に開かれた旧優生保護法をめぐる裁判集会では、「耳の聞こえない弟がいます。そのために私も周囲から差別を受け、結婚できるのか、子どもを持てるのか、と悩んできました」と語った。「弟も自分も不幸。生まれてこない方がよかった」とまで考えた。大学生の時、障害学の本で不妊手術のことを読み、「悲しいけれど、それもひとつの選択」と、「優生思想」を仕方がないと感じた。強制不妊訴訟の弁護団に加わった理由のひとつは「自分の中の優生思想に向き合うため」。障害がある兄弟を持つ一人の人間として優生思想を乗り越え、障害のある人もその家族も悩むことなく、誰もが生まれてきてよかったと思える社会をつくるために、植松被告の考えに反論する説得力のある言葉を見つけたいと思っている。

 (下)では、実践学園野球部長・脇野浩平さん(29)と兄の隼さん(31)兄弟のケース。隼さんは生後まもなく寝たきりになった。浩平さんの幼なじみは隼さんを自然に受け入れていたが、小学生になってできた友だちは違った。「障害がある兄」を人に見られたくないと思った。大好きなのに「何で隠す必要があるんだろう」と自問自答した。今は実家を離れて暮らす浩平さんは「兄は、置かれている状況で最大限に生きている。兄の笑顔を見ると私は幸せになる。生きていて意味がない人はいないんじゃないか、と思う」と話す。