障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見書)への提言

2010/10/22

言語・コミュニケーションの保障を、より包括的で弾力的なものに

第一次意見書には「言語・コミュニケーションの保障」や、「情報アクセス・コミュニケーション保障」が一項目として取り上げてあり、それ自体は大変評価されるものである。現代社会において、障害がある人の社会参加や人権擁護を進めるには、言語・コミュニケーションの保障はとても重要な要素だからである。 しかし意見書の内容や着目点は、一部の言語・コミュニケーション障害への支援に偏っており、不十分である。
今後の議論において、様々な種類の言語・コミュニケーション障害への支援が可能になるよう、より包括的で弾力的な結論が出ることを望む。

 
 障がい者制度改革推進会議が平成22年6月7日に、第一次意見書を決定し、公表しました。会議が設置されてから半年余りの議論をまとめ、今後の議論の方向性と、今後2年間の工程表を示したものです。
 その中で言語・コミュニケーションの保障は、かなり大きな比重を与えられています。それは、「第3 障がい者制度改革の基本的方向と今後の進め方」の項立てを見ればわかります。
 例えば、「2.基礎的な課題における改革の方向性」では
    1) 地域で暮らす権利の保障とインクルーシブな社会の構築
    2) 障害のとらえ方
    3) 障害の定義
    4) 差別の定義
    5) 言語・コミュニケーションの保障
    6) 虐待のない社会づくり
    7) 障害の表記
    8) 実態調査
 となっています。障害や差別の定義と並んで、言語・コミュニケーションの保障が取り上げられているのです。また、「4.個別分野における改革の基本的方向と今後の進め方」では
    1) 労働及び雇用
    2) 教育
    3) 所得保障等
    4) 医療
    5) 障害児支援
    6) 虐待防止
    7) 建物利用・交通アクセス
    8) 情報アクセス・コミュニケーション保障
    9) 政治参加
    10)司法手続き
    11)国際協力
 となっています。労働・教育・所得保障・医療などと並んで、情報アクセス・コミュニケーション保障が取り上げられています。これらの項立てを見ていくと、言語・コミュニケーションの保障が障害者制度改革にとって大切な課題であると、推進会議が認識していることが伝わってきます。
 しかし意見書の内容を詳細に読んでいくと、一部の言語・コミュニケーション障害への支援に偏って言及していました。例えば上記でアンダーラインをつけた 5)言語・コミュニケーションの保障 では、以下の通り書かれています。

これまで、手話、点字、要約筆記、指点字等を含めた多様な言語の選択やコミュニケーションの手段を保障することの重要性及び必要性は顧みられることが少なかったため、それらの明確な定義を伴う法制度が求められる。

 これだけです。
 また 8)情報アクセス・コミュニケーション保障 ではもう少し具体的に、以下の通り書かれています。

・手話付放送、字幕付放送、音声解説、電話リレーサービス等、あらゆる障害の種別・特性に配慮した方法による情報提供が、関係事業者等により日常生活、社会生活、障害者と障害のない人との交流する機会等のあらゆる場面において行われるよう必要な支援を行うとともに、時限付きの数値目標を伴った情報バリアフリー化のための指針の策定を始め、必要な環境整備を図る。
・手話通訳者、点訳者、指点字通訳者、触手話通訳者、要約筆記者、知的障害者の支援者等、障害者と障害のない人のコミュニケーションを支援する人材について、その養成の一層の拡充を図るとともに、公的機関への配置をするための必要な措置を講ずる。

ここに見られる言語・コミュニケーション障害観は、基本的に聴覚障害と視覚障害によるコミュニケーション障害です。つまり身体障害(感覚神経障害)による言語・コミュニケーション障害に対する支援策です。これまでの障害者手帳制度では、身障者手帳でのみ「音声・言語障害」が認定され、療育手帳と精神保健福祉手帳では取り立てられることがありませんでしたので、言語障害といえば身体障害という認識が生まれたのかもしれません。
 しかし言語・コミュニケーション障害への支援といえば、知的障害、自閉症、失語症、認知症など高次の神経心理機能の障害(中枢神経障害)への支援も、重要です。そちらへの支援があまり述べられていないのは大変偏っていて、不十分だと考えます。
 身体障害(感覚神経障害)による言語・コミュニケーション障害の場合、音声言語以外の、それぞれの障害特性に合ったコミュニケーション手段で通訳できれば、自分で判断し意思決定できます。情報を得たり意思を発信する、コミュニケーション手段の選択の問題です。そこでその手段を確保する機器や、通訳者(手話、点字、指点字、触手話、要約筆記)の養成や配置が重要になるわけです。
 一方、知的障害、自閉症、失語症、認知症などの場合、通訳だけでは不十分です。それぞれの障害特性を踏まえて、情報を適切に要約しふさわしい方法で伝える必要があります。またそれぞれの気持ちや考えを、より適切に表すことばを探す段階から支援が必要なこともあります。通訳ではない、コミュニケーション支援者の関わりがより重要になります。
 また第一次意見書では【情報バリアフリーの取り組み】のところで、字幕をつけることやルビを振ることに言及していますが、行政文書や書籍・新聞・テレビなどにおいて字幕やルビが普及することは必要です。例えば自動車運転免許試験では、ルビつき試験が認められています。交通安全に必要なものは安全に運転する技能と交通知識であり、漢字の知識ではないからです。ところが(障害とは少し離れた例ですが)外国看護師・介護士の認定試験では、専門用語のルビつきや英語つきが2年間も認められず、有能な技能を持つ人を漢字が読めないという点で排除していました。言語・コミュニケーションのユニバーサル・デザインという認識を広める意味でも、ルビや字幕の普及は大切だと考えます。
 これらに加えて、絵文字(ピクトグラム、アイコンなど)の活用も必要です。日本でピクトグラムは、JISで2005年に標準化されています*。行政文書や教科書、交通機関などでの活用を推し進める必要があります。*http://pic-com.jp/03_03_jis_ekigou.htm
 またコミュニケーション支援機器の開発や普及も重要です。障害者手帳所持の場合、申請すれば支給される日常生活用具の中に、情報・通信支援用具とか会話補助装置があります。しかし多くの自治体で、それらは特定の(しかも古い)品目を指定していて、日進月歩の日本の高度な情報・コミュニケーション技術(ICT)を活用できていません。身障手帳所持者のみに支給されることもあります。知的障害、自閉症、失語症、認知症などの障害がある人の場合は、使いやすい機器をその人に合わせてさらにカスタマイズする必要があります。直接アイコンにタッチして操作するパネルなどは、使いやすさの点で今後有用になる可能性が高いと思われます。コミュニケーション機器の支給が、今後弾力的に運用される仕組みが必要です。

まとめ

 ○身体障害の人と、知的障害、自閉症、失語症、認知症など高次の神経心理機能の障害の人の言語・コミュニケーション支援は、質的に異なる側面がある。
 ○身体障害者にとっては、障害特性にふさわしいコミュニケーション手段が選択できることが必要である。それぞれに必要に機器や、通訳者が保障される必要がある。(第一次意見書の通り)
 ○知的障害、自閉症、失語症、認知症などには、コミュニケーション支援者が必要である。コミュニケーション支援者は通訳ではなく、情報理解や意思決定の過程も支援する。
 手段としては字幕やルビのほかに、絵文字も有効である。また最新のICT技術を組み込んだ日常生活用具の給付を可能にすることが必要である。