「手話は言語」 73自治体 観光案内など 普及へ条例制定

2017/02/13

毎日新聞 2017年1月30日

 全日本ろうあ連盟(本部・東京)のまとめでは、20日現在、9県56市8町の73自治体で「手話言語条例」が成立、10自治体が準備を進めている。制定を機に医療機関や観光案内で手話を取り入れるなど、独自の取り組みを始める自治体も出てきた。

 初の条例は2013年に鳥取県で制定され、16年には41自治体へと広がった。内容は自治体によって異なるが、大半は手話の普及で聴覚障害者とそれ以外の住民が互いを尊重し共生することを目的とうたう。手話を学ぶ機会の確保、手話通訳者の派遣、相談拠点の支援などを定め、事業者にも雇用環境整備などを求める。

 鳥取県は14年から全国の高校、特別支援学校を対象とした「手話パフォーマンス甲子園」を毎年開催。昨年は61チームが参加した。過半数が聴覚障害者以外のチームで、練習を機にろう学校との交流を始めた高校もある。

 福島県郡山市では東日本大震災で罹災証明などの手続きの際、手話通訳の必要性を市職員が実感したという。15年に条例ができ、市は医療機関関係者らを対象に手話講座を開催、現場では簡単な手話が導入されている。

 「手話言語法」の制定を求めている全日本ろうあ連盟の久松三二事務局長は「多様な言語文化を認める地域がさらに広がれば」と期待する。

 ろう学校では1933年ごろから読唇と発声訓練による口話法が広まり、「日本語が身につかない」と手話は禁止された。2006年に国連障害者権利条約で非音声言語も「言語」と明記され、11年の改正障害者基本法で手話が言語に含まれると規定された。

 聴覚障害者で初めて弁護士になった松本晶行さん(77)は手話言語条例の広がりを歓迎する一方、「理念にとどまらず、自治体は実効性のある施策を進めてほしい」と訴える。松本さんは小学3年の時、病気で耳が聞こえなくなった。当時としては珍しく手話も教えていたろう学校だったので、自然に身についた。小学校5年の時に健常者の学校で学ぶようになったが、読唇では簡単な内容しか理解できなかった。放課後、ろう学校に行って手話でおしゃべりをした。「手話は重要なコミュニケーション手段。当り前に使えるろう学校は母港のようだった」と振り返る。「聴覚障害者を理解してくれる弁護士がいれば」という恩師の言葉に後押しされ、大学卒業後に司法試験に合格、1966年に弁護士登録し、大阪で働き始めた。法廷で裁判官や証人らの話す内容を理解するには手話通訳が必要だったが、当時は全国に数十人しかいなかった。事務所職員と自己流の速記を編み出して伝えてもらった。松本さんは「自治体が今後、条例をどう生かしていくかが重要だ。聞こえない人が気兼ねなく手話でコミュニケーションできる場を保障し、聞こえる人が手話を覚える場を広げるための施策を具体化し、続けてほしい」と語った。