論プラス 相模原・障害者施設殺傷 見逃されたサイン

2016/10/21

毎日新聞 2016年9月20日

論説委員・野沢和弘

 「津久井やまゆり園」の事件から2カ月近くになる。障害者差別に満ちた植松容疑者の言葉が今も社会に波紋を広げ、動機にも未解明な点が多い。さまざまな観点から検証が必要だ。

 障害者を殺すと明確な意思表明をしていた容疑者に対し、自治体や病院はフォローの機会を何度も逃していた。厚生労働省の措置入院経過調査報告からは、関係機関の連携不足と不作為が浮かぶ。容疑者の言葉に、診察した北里大東病院の精神科医らは「大麻精神病」「反社会性パーソナリティ」などと診断し、措置入院を決めた。入院中、容疑者は外来でも治療を受けたいと発言したため、主治医は近隣にある精神保健福祉センターと民間の薬物乱用防止プログラムの情報を提供したが、同病院で薬物依存の治療がされることはなかった。パーソナリティ障害に関する心理検査も行われなかった。12日後に退院したが、相模原市は主治医から八王子市の両親宅に同居すると聞いたため、退院後のフォローを全くしなかった。しかし、八王子市に連絡すらしていなかった。一方、容疑者は看護師に相模原市内の自宅で一人暮らしすると言っていた。最も基本的な情報が病院内で共有できていなかったのだ。

 襲撃を予告されていた施設も容疑者が退院したことを知らされず、同園職員がたまたま見かけたので警察と相談して防犯カメラを設置した。また、容疑者は退院後に同病院を2回通院、主治医に不眠や気分の落ち込みを訴えている。3月末で主治医が退職後は予定日に通院しなかったが、病院側が状況を確認することもなかった。

 退院後にフォローする機会が何度もあったのは明白だ。「自治体間を超えた医療や保健、福祉の支援が継続していれば、容疑者を孤立させず、大麻再開のリスクも軽減できたのではないか」という検証チームの指摘は重い。

 容疑者は「通り魔」ではなく、元職員である。施設内で同僚や障害者との間に何があったのかも検証されるべきだ。採用された時には「明るくて意欲がある」とされていたのに、次第に障害者への暴言や虐待を繰り返し、管理者から何度も指導や面接を受けるようになった。今年2月には衆院議長公邸を訪れ、「私は障害者470名を抹殺することができます。私の目標は、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。障害者は不幸を作ることしかできません」との議長宛の手紙を職員に渡した。このような思想や資質の人物をどうして採用したのか、利用者への暴言や虐待があったとき施設側はどう指導し改善を図ったのか、福祉施設の経営者からはさまざまな疑問が聞かれる。

 誰でも生まれた時には笑顔に囲まれ、愛情を浴びながら育ってきたはずで、障害がある人も同じだ。そうした豊かな人間関係や長い人生経験から切り離され、閉鎖的な入所施設に要る重度障害者を否定的に見るのは容疑者だけではないかもしれない。事件後ネット上では容疑者の言葉に共感する意見もあり、その中には施設職員とみられる人の書き込みもある。厚労相は精神保健福祉法の改正に取り組む意欲を示している。施設の防犯体制も強化するという。神奈川県は事件のあった施設の建て替えを検討している。しかし、真の原因が究明されないまま精神科医療にばかり再発防止を求めたり、施設の建て替えを急いでいいのだろうか。2006年に障害者自立支援法が施行されてから障害者福祉の予算は毎年10%前後ずつ増え、権利擁護の制度も整ってきた。不十分ながら重度障害者や行動障害のある人の地域生活を支えるサービスも拡充してきた。悲劇を生みだした原因を見極め、障害者本人の幸せを実現する取り組みをしなければならない。