補助犬受入れ拡大

2016/09/29

毎日新聞 2016年9月22日

〈記者の目〉

施設は自発的に準備を

 「補助犬」(盲導犬、介助犬、聴導犬の総称)の使用者からは、「一度受け入れたら分かってくれる」との言葉をよく聞く。法律で受け入れを義務付けられているのに、病院や飲食店といった施設での拒否例が後を絶たないのは、知識や準備の不足がある。最初の「一度」に直面した時、慌てて違法な拒否行為に走らないため、そして「補助犬のいる光景」が当たり前の社会へと進むため、施設は事前に受け入れ態勢を整えてほしい。

 7月下旬、石川県内で唯一の介助犬使用者の平野友明さん(47)が、初孫と対面するため金沢医科大病院を訪れた。平野さんは2009年に脊髄を損傷し、両手足にまひが残る。指示に従って手助けする介助犬・タフィーと12年から暮らす。タフィーを伴って病室に入った平野さんは、初孫を抱いて「じわっという温かみ、命の重みを感じた」と喜んだ。

 ただ、いきさつからは手放しで喜ぶわけにはいかないと記者は考えている。

 身体障害者補助犬法は02年に成立し、病院でも一般患者が出入りする場所には補助犬を原則同伴できる。しかし、平野さんは今回、あえて6月に病院に訪問希望を伝えた。「衛生上の理由」を盾に拒否する医療機関が少なくないからだ。日本補助犬情報センターが昨年実施したアンケートによると、過去5年間に医療機関で受け入れを拒まれた使用者は、回答者43人中20人に上った。平野さんも別の病院で同様の経験がある。記念すべき初孫との初対面を拒まれては…との不安から「先手を打った」と妻の克美さんは話す。

 補助犬法は使用者に日常の手入れや定期的な予防接種を求めており、感染症を持ち込んだりすることは基本的にない。だが、金沢医科大病院内には当初アレルギーを懸念する声があったといい、補助犬についての知識がない病院幹部もいた。そこで院内会議を開く一方、タフィーとともに平野さんを招いて説明を受ける場も設けた。山下和夫副院長は「清潔で、安心して院内に入れられることを理解した」と話す。

 こうして訪問は実現しだが、本来は不要な事前交渉をせざるを得ないことに、補助犬を巡る現状が凝縮されていると思う。今回は予定を伝えやすい事例だったが、無理な場合が多い。日本介助犬使用者の会の木村佳友会長(56)は「補助犬法の成立から14年がたっても受け入れ拒否がなくならず、事前交渉が必要なら、補助犬を望む人は増えない」と指摘する。

 厚生労働省の集計では、補助犬は全国で今年7月現在、盲導犬966頭▽介助犬71頭▽聴導犬65頭の計1102頭にとどまる。費用不足などから育成数が限られ、普及が進まない。これも社会の理解が広がらない一因となっているが、施設側がそれを言い訳にしていいはずがない。

 こうした現状を改めようとする施設側の取り組みがある。8月下旬、JR名古屋駅そばの献血施設で補助犬受け入れを想定した訓練があった。愛知県赤十字血液センターが初めて企画し、日本介助犬協会のスタッフが育成中の介助犬を伴い採血室へ入った。同県ではこれまで、献血施設で補助犬は採血室に入れなかった。ベッド脇で介助犬がおとなしく採血を待つ様子を見たセンターの北折健次郎・献血推進2部長は「県内の他の施設でも同様の試みをしていきたい」と話した。日本介助犬協会の高柳友子事務局長は「補助犬を自然に受け入れるには、準備が大切だ」と強調する。

 受け入れ拒否は今も多い。金沢市でも3月、盲導犬使用者の男性(60)がタクシーに乗車を拒まれた。男性は「会社幹部が受け入れ義務を知っていても、現場に共有されていない」と嘆く。金沢医科大病院が受け入れ決定後、入院患者に説明し、玄関に周知用ポスターを掲示したことには配慮を感じた。

 ただ、こうした態勢は使用者の働きかけがあってからではなく、事前に用意しておくべきだ。準備を重ねた最初の一歩が次へとつながっていく、そんな好循環を当然とする社会を目指したい。