ともに暮らす社会へ(上)

2016/08/24

朝日新聞 2016年8月22日

 相模原市の障害者施設で19人が死亡した事件からまもなく1カ月。ともに暮らす社会を考えるため、障害者を取り巻く状況を3回にわたり伝える。まず、事件が起きた現場と同規模の施設を訪ねてみた。

施設 個性に寄り添って  大声・笑顔・沈黙…ありのまま認める

 広島県東広島市の県立施設「松陽寮」には139人が入所、障害の程度や特性によって4つのファミリーに別れて暮らす。特に重度の37人が入るファミリーの責任者、深谷成治さん(58)から「ぜひ、うちの取り組みを見て」と声がかかった。

 このファミリーは施設改修のため昨年7月からプレハブに入居。この日は月に数回の外出日。午前10時半、深谷さんは正木さん(56)ら3人と車で約3分のファミリーレストランに向かった。メニューを指して「これがいい?それとも。これ?」と聞かれ、正木さんは全部うなずく。職員が注文した、大好物のポテトなどをほおばり、顔をくしゃくしゃにして笑顔になった。正木さんは松陽寮で暮らして約20年。この笑顔で人気者だ。

 午後は、レクレーションに使われる別の建物に。10畳のリビングで、長身の男性(41)が横になっていた。「こんなにリラックスしているの珍しいね」と職員。だが、プレハブに戻ると、低いうなり声をあげて別の男性に近づいた。「危ない」。深谷さんが2人の間に体を入れた。「頭突きを狙っていた。気が抜けません」。男性には行動障害がある。

 午後6時ごろに夕食が終わると、次々に寝室に入る。4,5人の相部屋で、夜勤は男女1人ずつが担う。午後7時ごろ、人気がなくなった食堂に長身の男性がぽつんと座り、夜勤の岡田広司さん(52)を見つめていた。流し台のコップを指さす。岡田さん「お茶ですか?」、2,3秒の沈黙、岡田さんはお茶を出した。岡田さんは松陽寮で働いて10年目。相模原事件の容疑者が施設の元職員だとは信じられなかったという。「人が相手の仕事なので、ストレスもある」が、入所者には親しみを感じ、「こんなおもしろい仕事、ないです」

 午後10時、食堂や廊下を消灯。見回りは2時間おき、トイレに起きだす人の付き添いもあり、岡田さんは一睡もできなかった。

 午前5時すぎ、食堂のあかりがついた。広島カープ帽の男性(55)がケージのウサギをなで、「うさちゃん」と呼んだ。この男性は一時情緒不安定だったが、ウサギの飼育を始めてから向精神薬を使わなくなったという。 

 朝食後の午前9時すぎ、大きな音が響いた。カープ帽の男性が自閉症の男性(34)に突き飛ばされ、頭を打った。精神科医の岩崎学所長が自閉症の男性を診察、落ち着くまで個室にとどめ、薬を出すことにした。この自閉症の男性は「進路をふさがれると、押しのけることがある」と深谷さん。こうした行動障害は、環境の変化も影響するという。岩崎所長は「本人は歩くことで落ち着く。閉じ込めることはストレスになってしまう。一番いいのは本人に適した環境整備。一人ひとりが何かに打ち込めるようにしたい」と話す。壁には「わたしたちは一人ひとりが大切な人間であり、ありのままを認め、大切にしてもらえます」とあった。

親の高齢化 入所希望なお多く

 松陽寮は事件現場の施設と同様、障害者総合支援法に基づき障害者の入浴、排泄、食事の介助などを行う。厚生労働省によると、同様の施設は全国に約2600あり、約13万人が利用する。

 1960~80年代には、国や自治体による大規模な入所施設「コロニー」が作られた。親亡き後の知的障害者の生活の場を求める声の高まりが背景にある。

 だが、81年の国際障害者年を機に、障害のある人もない人もともに暮らすノーマライゼーションの考え方が広がる。政府は95年に障害者プランをまとめ、97年に入所施設の整備について「地域の実情に応じて真に必要と認められるもの」と限定。地域生活への移行を進めている。一方、障害者の親の高齢化などで、施設入所へのニーズはなお多い。