障害者 苦悩の避難生活  熊本地震―現場から

2016/06/05

毎日新聞 2016年5月20日

●医療具手に入らず
 熊本市南区の山田姫音(めい)ちゃん(2)は「胃ろう」でチューブから栄養の多くをとっており、気管支ぜんそくなどもある。4月14日の前震後近くの小学校体育館へ避難したが、せきが止まらなくなり18日未明救急搬送された。入院6日目、被災者対応に追われる病院から退院を求められ、避難所に戻った。その後、高熱が出た。さらに、3カ月に一度のチューブ交換ができず、新しい在宅用医療具も入手できなくなった。困り果てた母親の希さん(33)はスマートホンで懸命に調べ、医療具提供を申し出ていた愛知県の女性のメッセージを発見した。この女性には胃ろうの子どもがおり、28日に医療具セットが届いた。「救われました」と希さんは話す。
 自治体が福祉施設を指定しておく「福祉避難所」を訪ねたこともあるが、年配者が多く、犬を連れた人もあり、居づらいとあきらめた。5月16日現在もスポーツ施設で避難生活を続けていた希さんは「病弱な子が衛生面でも安心して過ごせる環境が必要」と訴えた。

●トイレなく車中泊
 西原村で車いす生活をしている鈴木将司さん(42)は前震後、トイレや飼い犬の問題から「避難所は無理」と車内に泊った。翌日自宅に戻ったが、本震で自宅は全壊。玄関から這い出る際、散乱したガラスの破片で腕が血だらけになった。1カ月たったが、車いす用トイレがある公共施設の駐車場で妻と車で過ごしている。「障害者用トイレと体を伸ばせる空間が不可欠です」と話す。

●周囲との関係懸念
 発達障害のある人も困難な生活を続けている。障害のため集団の喧騒が刺激となり、動き回ったり自傷行為をしたりするのを家族が案じ、避難所へ行くのをためらうケースが多い。
 自閉症の長男(15)がいる熊本市北区の男性(50)は本震後、近くの小学校体育館を埋めた避難者を見て「余震におびえる長男が入ればトラブルになる」と自宅に戻った。電気・水道は止まっており、翌日食料や飲料水を配給してもらおうと長男を連れて避難所に行った。担当者に「障害のため避難所に入るわけにいかず、配給の列に長時間並ぶのも難しい」と説明したが、「並ばないと渡せない。みんな平等」「もらいたければ避難所に入らないと」と言われ、何も受け取らず自宅に戻るしかなかった。

東日本大震災の教訓生きず
 政府は東日本大震災後、災害基本法を改正。避難所を法制化した。避難所に行けない障害者らに物資や支援が行き渡らなかった教訓から、在宅被災者も避難所の支援対象と明記した。福祉避難所の拡充や、一般避難所でも要介護高齢者や障害者が個室で過ごせるスペースを考慮するよう求めたが、熊本地震で十分生かされているとは言い難い。
 一方、指定避難所ではなかった熊本学園大が、60人以上の車いすの人や高齢者をバリアフリー化された講堂で受け入れ、障害者団体スタッフや教職員、学生らが介助にあたった。右半身が不自由な女性(70)は「余震で目覚めるお年寄りも『大丈夫』と寄り添われ安心できた」と話す。半月間泊り込んだ吉村千恵講師(40)は「減災を研究中の教員や学生、介護実習用シャワー椅子など大学のソフトやハードが活用できた」と話す。
 「被災地障害者センターくまもと」事務局長で車椅子使用者の東俊裕弁護士は「福祉避難所は自治体職員が避難所の要支援者を把握し、施設側も受け入れ可能だった時に初めて機能する。だが熊本地震では、自治体は一般避難所の設営にさえ手が回りきらず、十分機能しなかった」と指摘。障害者が最初に身を寄せる地域の避難所で安心できる環境づくりが大事とし、「公民館の多くには小部屋があり、車いす用トイレさえ設置されていればある程度対応できる。視覚障害者には声をかけるなど、少しの配慮で過ごしやすさが変わる」と提言。自宅や車にとどまる障害者を把握し、支援を届けるべきだと訴える。