
(ことばの広場) 隠語化される差別 子どもの心に潜む蔑視
朝日新聞 2016年5月4日
「『がいじ』って、どういう意味?」。数年前、東京都内の小学校4年生だった長男から尋ねられた。
調べてみると、かなり前から使われていた。朝日新聞では1988年、都内の中学校教員からの投書にあった。生徒がよく使っていると紹介し、「大変いやな、耳ざわりな言葉です。なぜなら『身体障害児』を縮めていったものだからです」と続いていた。
俗語に詳しい梅花女子大学の米川明彦教授は、「40年ほど前に京都市で小学生は使うのを聞いた」と話し、この言い方について、障害児を自分たちとは異なるもの、劣るものととらえたとき、新しい言葉をレッテルのように張り付け、蔑視する気持ちを表そうとしたもの、と説明する。
「その際、何のことかばれないように、『障』の字を省略してがいじという不快な隠語が作り出されたのです」。言葉の頭の部分を略すのは「上略」といい、元の言葉が何かわかりにくくする方法だそうだ。例えば、(友)ダチ、(暴走)ゾクも、かつては仲間内でしか通じない隠語だった。
最近は障害とは関係なく、何か物事に失敗した自分を「今の俺、がいじ入ってた」と言ったりもしているようだ。
子どもたちの間で広まっていることを問題視した福岡県糸島市教育委員会は昨年、この言葉に絞った指導の手引を小中学校の全教員に配布した。指導主事の武田巨史さんは、障害みたいなものだという発言には、障害者は自分より下だという差別の心があると指摘する。「人として使えない言葉だということを伝えていきたい」と話す。





