読み解き経済  障害者への「配慮」 まず本人に聞いてみよう

2016/04/23

朝日新聞 2016年4月22日

 「障害と経済」を研究する 松井彰彦さん 
 4月1日に施行された障害者差別解消法は、日本が2014年1月に批准した国連の障害者権利条約(以下、権利条約)に合わせて整備された国内法である。従来の差別禁止に加え、「合理的配慮の提供」を公的機関の義務(民間は努力義務)とした点が大きな変化である。障害についての考え方も、それを個人の属性と考える「医療モデル」から、社会参加を阻む社会の側にあるという「社会モデル」へと変化した。
 内閣府は「合理的配慮の提供」をつぎのように説明している。「障害のある人から、社会の中にあるバリアを取り除くために何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられた時に、負担が重過ぎない範囲で対応すること」。視覚障害者がいるとき、発言の前に「○○です」と自分の名前をつける、聴覚障害者と話すとき筆談に努める、といった配慮が第一歩となる。
 障害の「社会モデル」はゲーム理論の研究者である私が取り組んできた「慣習と規範の経済学」の考え方と響きあう。慣習や規範はそれに従う人が増えれば増えるほど、それに従うことが本人にとって望ましいものとなる、という性質を持っている。みんなが右側通行をすれば、自分も右側通行をすることが望ましい、というわけだ。その原理に基づいて、私たちの社会を見つめ直してみよう。
 
 社会は人のためにできている。しかし、全ての人が使いやすいように作られているとは限らない。社会生活にとって不可欠のコミュニケーションも、声を出せて音が聞こえる人が多ければ、口語言語が用いられる。 すると、音が聞こえない少数の人々は話の輪に入れず、配慮されないまま取り残される。
 しかし、口話言語が社会の基本言語だという考えすら相対的なものである。ノーラ・エレン・グロース著「みんなが手話で話した島」(築地書館)は、「障害」に対して社会の側が適応した事例を紹介する。
 19世紀、遺伝性のろう者が多かったマサチューセッツ州沖合のマーサズ・ヴィンヤード島では、手話が主要言語であった。言語は、みんなが使うものを自分も使う。この島ではろう者は言葉が話せない「障害者」ではなく、普通の人であり、耳が聞こえないことは単に個人の個性の一部に過ぎなかったという。
 公的機関や民間事業者の中には、差別解消法にどう対処すればよいかわからず、不安を感じている方々もいるに違いない。NPO法人障害平等研修フォーラムはそんな方々のために、障害者と非障害者が参加して差別とは何か、何をどう変えていけばよいかを学ぶ研修の機会を設けている。代表の久野研二さんに、研修用に作ったというDVDを見せていただいた。障害者が落としたハンカチを渡そうと後を追いかけた女の子が、障害者と非障害者が反転する世界に迷い込む、という設定だ。手話ができない女の子はその世界では「障害者」だ。手渡された案内は点字のため読めない。車椅子ユーザーでないと危ないからとエレベーターに乗せてもらえない。
 米国の島の事例やDVDが私たちに伝えようとしていることは、非障害者は「配慮が必要ない人」ではなく、「配慮されてきた人」であるということだ。同様に、障害者は「配慮が必要な人」ではなく、「配慮の格差」に直面してきた人なのである。

 災害時には配慮の格差が拡大する。先週、九州中部を大地震が襲った。多くの尊い命が犠牲になり、20万人もの方々が避難生活を強いられている。東日本大震災の時と同様、その中には障害のある人もいる。5年前は知的障害児や発達障害児たちが周りに迷惑をかけるという理由で、避難所を渡り歩くという事態が生じた。今回、配慮の格差は縮まったであろうか。
 私が「合理的配慮」という言葉を初めて聞いたのは10年程前のことである。当時大学のバリアフリー支援室に配属された私は、右も左もわからないまま学内のバリアフリー化や障害者雇用の課題に取り組んだ。チームには当事者を含む障害学の専門家がいて、「合理的配慮」や「社会モデル」といった概念を一から教えてくれた。
 そうした語句以上に学んだのことは障害のある人との関わり方だった。ある時初めて会う障害者に対する配慮をどうすればよいか専門家に尋ねた。「ご本人に聞くのがいいでしょう」。その言葉を聞いた瞬間、肩の荷がふっと下りた。わからないことは聞けばいい。そのうえでできることはやる。難しいことは話し合う。
 権利条約の理念は「Nothing about us without us!(私たち抜きで私たちのことを決めないで!)」である。対話を通じてお互いのニーズを探ることの大切さは全ての人間関係に共通したものである。まずはそこから始めることで、みなが配慮される社会に近づいていくのではないだろうか。