となりの障害 吃音とともに(上)

2016/03/26

毎日新聞 2016年3月17日

言葉がうまく出てこない

 話す際に言葉の一部が出にくかったりどもったりする「吃音(きつおん)」があり、周囲から症状を理解されず苦しむ人たちがいる。日常生活に支障がありながらも、外見上の特徴がないため、周囲に気づかれにくい障害を持つ人たちを取り上げる「となりの障害」。第2部は、吃音のある人たちの現状と支援の課題を伝える。

発表で立ち尽くす
 約100人の学生と教授の目が一斉に注がれる。話さなければと思えば思うほど、のどの奥が閉まっていく感覚がする。マイクを持つ手が汗ばむ――。千葉県の会社員、佐々木真美子さん(24)は今も時々大学3年生のゼミの発表を思い出す。制限時間の10分間、やっと一言出ても次の言葉でまたつっかえ、ほとんど話せずに終えた。教授の失笑する顔が忘れられない。
 小学校入学前から、言葉がうまく出てこないことがあった。小学校では呼名に「はい」と言えず、「ちゃんと返事をしなさい」と叱られ、音読で指名されると1~2分間立ち尽くした。中学では、言葉の一部を繰り返してどもる様子が、レコードの同じ部分の反復再生にたとえられて「DJ」とからかわれた。
 いつしか、「ありがとうございます」を「助かります」のように、言いにくい言葉を別の同意語に言い換えて話すすべを身につけた。飲食店で食べたいメニューが言えず、友達が頼んだ後「同じもので」ということもある。言い換えできない固有名詞は避けられない。自分の名字も言いづらい。「自己紹介では、別の話でつなぎ、言えそうだなと思ったら『申し遅れました、佐々木です』というなど、自然に吃音をごまかす話し方が身についているんです」。就職活動では約30社の面接選考に進んだが、ほとんどが1次面接で落ちた。「吃音のせいだ」という思いに沈み、自殺を考えたこともあった。
 現在は、製薬会社で営業職として働く。医療用語など言い換えられない言葉で詰まるときもある。大事な営業の際は、不安を和らげるために抗不安剤の頓服薬を飲んで臨む。最近、少しずつ職場の先輩や得意先に、吃音を明かすようになった。「吃音が正しく理解されれば、もう少し生きやすい世の中になるかもしれない」

成人の100人に1人
 佐々木さんのような吃音のある人は、成人の100人に1人程度いると考えられている。だが、国内全体の数は不明で、相談や治療の機関は限られている。厚生労働省は来年度から、吃音などの障害について診断の基本となる問診票をつくる研究を始める。実態調査や支援、臨床研究の充実につなげたい考えだが、具体的な事業は決まっていない。
 多くの当事者は、言い換えたりしゃべることを避けたりして症状を隠している。国立身体障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)で吃音外来を担当する森浩一医師は「吃音症状をからかわれたり叱られたりする経験が重なることで、症状そのものが恥ずかしいことだという意識が生まれる」と指摘する。
 吃音は症状そのものだけでなく、周囲の環境によって引き起こされる「2次障害」も深刻だ。成人の吃音者の少なくとも4割が、生活に支障が出るほど人との対話や人前での発表などに強い不安や緊張を覚える「社交不安障害」を併発している、という海外研究もある。森医師は「言葉がスムーズに出にくいこと以上に、吃音であることが社会に受け入れられない不安のほうがより深刻な障害になりうる。社会全体で吃音への理解を深め、当事者の意識が変わっていくことが大切だ」と話す。

歌を通じ伝えたい
 千葉県佐倉市の大学3年、清水裕治さん(22)は、地域のイベントや路上でギターの弾き語りをする音楽活動を続けている。子どものころから吃音症状があり、「あ行」や「さ行」で始まる言葉がうまく言えない。「『ありがとう』という言葉が出ないのが一番つらい」。高校ではどもる様子をからかわれ、アルバイト先では客から「ちゃんとしゃべれ」と怒鳴られた。唯一「吃音を忘れられるのが歌を歌っている時だ。メロディーに乗せて言葉を紡ぐと、不思議とどもらない。
 就職活動で面接を乗り越える自信がない。うまく就職できたとしても、電話や顧客対応で失敗してしまうのではないかと不安だ。でも、吃音にとらわれてばかりいる自分自身を窮屈だとも思う。今年1月、「どもり系アーティスト」を名乗ろうと決めた。自分の音楽を聴く人が少しでも吃音に興味をもってくれたら、吃音への理解が広まると考えたからだ。周囲にうまくなじめないつらさがわかる分、そうした人たちを応援するような歌を歌いたいとも思った。「どもりがある自分だからこそできることがある」。そんな思いでギターを奏でている。