みんな ちがって いい(上) 難病でも学びは広がる

2016/03/22

朝日新聞 2016年3月18日

 障害者差別解消法が4月に施行される。学校現場には、障害がある子どもも壁を感じずに学べる環境をつくる試みが求められる。詩人の金子みすゞさんがつづった「みんなちがって、みんないい」。そんな理念に近づける教育を目指す現場を、2回にわたって紹介する。

ネット活用 ベッドの上で職場実習

  「信じらへんどころか、想像もできなかった。僕に仕事ができるなんて」
 1日の大半をベッドで横になって過ごす香川県立善通寺養護学校高等部2年、宇田汰市さん(17)がそんな喜びを感じたのは、昨年6月だった。生後間もなく、筋肉が萎縮する難病、脊髄性筋萎縮症とわかった。 小学校入学当時は座れたが、小3になると難しくなり、「四国こどもとおとなの医療センター」に入院。隣の同養護学校に転校した。
 長くは座っていられず、人工呼吸器がないと苦しくなる。それでも、体調のいい日には学校に行き、1,2時間だけ授業を受け、行けない日は先生と病室で学ぶ。成績は優秀で、生徒会長でもある。父に教わった将棋では、香川県高等学校総合文化祭の大会で6位に輝いた。ただ、進路はなかなか定まらない。

前例のない挑戦
 転機は昨春。担任の堀内麻樹先生(44)から「ベッドの上で職場体験してみいへん?」と誘われた。通常なら実習を見送る重度障害だが、宇田さんの能力を未来へつなげたいと、堀内先生が情報担当の近藤創先生(41)に相談。同校では前例のない実習に挑むことにした。
 見つけた実習先は、ホームページなどを手がける沖電気グループのOKIワークウェル(本社・東京)。実習の条件▽ワードとエクセルが使える▽メールと通話ができる▽ネット環境がある、の3つを満たせば宇田さんもベッド上で実習に参加できる。課題は、長時間の作業ができるかだった。横になった状態でのパソコン作業は難しい。タブレット画面のキーボードへのタッチ入力は、力の入れ方がうまくいかず断念。マウスを使おうと考えた先生たちは、約20種類も買って、宇田さんが作業しやすいものを選んだ。
 いよいよ6月。課題は3日間で展示会の案内文の作成と、データの計算・グラフ化だった。問い合わせで慣れない敬語を使うのに一番苦労した。でも、担当者から「ここはいいよ」と認められると、自信がわいた。
 4か月後、修学旅行でスカイツリーを訪れると、実習先の津田貴社長(56)が会いに来てくれた。「この前の調子で頑張れば、仕事も任せられる可能性は十分ある」。翌11月にもベッドで実習。ホームページ作成に挑み、最終日ぎりぎりで完成させた。
 近藤先生は「今回の試みは、条件がそろったから実現できた」という。条件とは、▽病院と校舎をすぐに行き来できる環境▽授業でワードやエクセルを学習済み▽実習先の確保▽マウスなどが使える小型タブレットとルーター。そして本人と教師の意欲だ。
 「これからの教師は、専門知識を持つ〈教育のソムリエ〉でなきゃいけない。目の前の子が今、求める教育は何か。そのためにどんな教育の方法が提供できるか。最新の情報を集め、ひとりひとりに細かく対応するのが教師の役目になる」
 宇田さんは「僕は動けんけど、頭や指の動きは負けない。動けん人も、何でもいいからできることを一つ見つけて、自信をつけて。あきらめんとチャレンジしてほしい」という。

現場の努力、必要
 障害者差別解消法では、障害者が壁を感じない「合理的配慮」が国公立学校に義務づけられ、私立も努力する義務を負う。教師が「みんなと同じに」という意識を変え、個々の将来を見すえた学習環境を整えることが必要だ。
 近藤先生は、障害児のICT(情報通信技術)支援の「魔法のプロジェクト」(東大先端科学技術研究センターとソフトバンクグループの共同企画)に参加している。2011年から教員を公募し、受け持つ生徒に適した教育法を研究してきた。蓄積した教材などはネット上で公開中。「障害児だから、学力アップやキャリア教育は後回し、という時代ではない」と実感している。