けいざい心話(SHINWA) ろう者の祈り3

2016/03/14

朝日新聞 2016年3月11日

対等に勝負できる社会を

 新潟の臼井千恵さんに限らず、ろう者には「私たちが能力を発揮すれば経済に貢献できる、という思いがある。
 だが、鹿児島大大学院の博士課程で研究するろう者、岩山誠さん(40)は「言葉だけでは、気の毒だから雇うという同情を超えられない。データを示さなければ」という。
 昨春までの1年、障害者のリーダー育成に熱心なダスキンの助力で英国留学をした。ろう者の働き手に一日中、手話通訳者がついていた。費用は限度内ならすべて国の助成金。そして「1ポンドの財政支出に対し、財政への見返りは1.88ポンド」と評価されていた。手話通訳のフル活用でろう者が活躍すれば、収入が増え、所得税などの納税も増える結果、元が取れるどころか、お釣りが来るというのだ。
 岩山さんの問題意識は、東京都内のハローワーク職員としてろう者の相談に乗ってきたことに始まる。仕事で大切な情報は聴者同士の会話にあるのにわからない。昇進は遅くなるし、職場にいられなくなる…。大学院で研究に着手した。3年前、ろう者の大まかな就労状況をデータで浮き彫りにするところまでたどり着いた。毎年およそ10%が離職する。ほかの身体障害者に比べて2ポイントほど高い。転職経験も、およそ2.5回と多い。
 「困ったり悩んだりしたとき安心して相談できる場所が少なく、周りの聴者たちは理解してくれない。だから、ろう者は職場でぶつかり、いられなくなるのです」
 日本にも手話通訳の助成制度はあるが、費用の一部は負担しなければならない、と知ると会社は導入に尻込みする。助成金を超える納税額があることを証明すれば、全学助成につながるのではないかと、ろう者を支援するNPO「デフNet.かごしま」で働きながら、岩山さんは研究を続けている。
 今の制度のもとで企業の通訳利用を増やすには、費用を減らすことだ。「シュアール」(東京)は、ネット中継による手話通訳サービスをしている。この会社に待機する手話通訳士が中継される会議の様子を見聞きして、議場のろう者にすべてを伝え、ろう者の考えを音声で聴者に伝える。
 社長の大木洵人さん(28)は聴者。手話の美しさに感動し、慶応大では手話サークルをつくった。ある企業で、「聞こえない人は仕事を頑張るだけで十分。ほかの社員に勇気を与えているから」という話を聞いた。大木さんは、〈ろう者は愛玩の対象じゃない、失礼だ!ろう者と聴者が、会社で対等に競争できる社会をつくる〉と思った。
 会社設立は2009年。現在10社ほどがサービスを使う。「問い合わせは増えています。とてもゆっくりとですが」。だが、そんなペースでは悠長すぎる現実がある。