
けいざい心話(SHINWA) ろう者の祈り2
朝日新聞 2016年3月10日
「日本語」の悲劇」 見たくない
臼井千恵さんが務める新潟市のNPO「にいまーる」。ダイレクトメール(DM)の配達をしている男性は、昨夏何百キロも離れた土地から、心を復活したくてやってきた。職場で聴者たちにいじめられ、20代半ばにして生きる意味を失いかけていた。
ろう学校に通った彼は、泣くほど日本語を勉強した。でも、尊敬語や謙譲語の使い分けや助詞の使い方など、理解できないことが残った。頑張って勉強し、障害者の受け入れを進めている大学に進んだ。就職活動をしたが、思い通りにいかず、卒業後故郷に帰った。
ある職場でパートを始めた。その日の仕事は紙に書かれ、口頭で説明された。口の形を懸命に読み取ったところまではよかった。しかし、わからないことを紙に書いて質問すると、周りの表情がさげすみに変わった。書いた文章が、少しおかしかったらしい。それからというもの、一日中むごい言葉を浴びせられた。何を言っているか口の形でわかる。耐える日々が続き、笑うことを忘れた。〈僕に生きる意味はあるの?〉
ろう者の日本手話では助詞を使わないことがあるので、「仕事が終わらせる」などと、助詞を誤った文を書くこともある。ろう者にとって、日本語は第2言語だからだ。多くの日本の聴者が、パーフェクトな英語を話すことができないのと同じだ。
ある日、追い詰められていた彼は、新潟の友人からメールをもらった。「どうしてる?」「苦しいんだ」「新潟に遊びにいらっしゃい」。友人が連れて行ってくれたのが、にいまーるだった。臼井さんや聴者のスタッフたちと手話でやりとり、コミュニケーションしていると実感した。新潟に移り住んだ。
彼は、にいまーるを応援してくれる会社の仕事でDMを配っている。もう少し心が回復したら、会社への就職も考えようと思っている。そして、次の職場に入ったときのために、日本語の勉強に取り組んでいる。にいまーるでは、東京から日本語教師を呼び、ろう者の日本語習得にも力を入れている。
「もう、彼のような『日本語の悲劇』を見たくない」。そう語る臼井さんは、すべての聴者にお願いがあるという。
「みなさん、ろう者は別の言語を使う外国人だと考えて、少しでいいので配慮をしてくださいませんか。ぜったい日本の経済に貢献してみせますから」
ろう者が能力を発揮すれば経済にどれだけ貢献できるのか、研究している男性が鹿児島にいる。





