けいざい心話(SHINWA) ろう者の祈り1

2016/03/12

朝日新聞 2016年3月9日

 意欲があれば働ける、それが「1億総活躍社会」だとすれば、この国には何が足りないのか、ろう者の視線で一端を探る。

見つけ出す 活躍の道
 ろう者の就労を支援する新潟市のNPO「にいまーる」 の支援員である 臼井千恵さん(32)は、ろう者の幸せのためなら自分は後回しで何でもすると決意した人だ。
 ろう学校では、多くが高等部を卒業すると就職する。臼井さんもその一人だったが、学校に来た求人票はどれも有名企業ながら、4社だけだった。〈人生の選択肢はこれだけなの?だったら、自ら道を開く〉と、ろう者の受け入れが進む日本福祉大へ進んだ。授業では聴者の学生がノートに書いてくれたが、申し訳なさでいっぱいになった。
 海外視察に参加するうち、考えが変わった。ある米国の大学では、教室に手話通訳者がいて、早口の教授に通訳がストップをかけた。ろう者の学生にすべてを伝えるためだ。ベトナムでは戦争で負傷した人とろう者が堂々と街に溶け込んでいた。
 〈卑屈になることはない。聞くことができない、それが私〉
 大学を出て、京都の手話研究所で働いた。久しぶりに聾学校時代の友人と話したとき、「いい会社」の社員だから幸せと思っていた友人が、「職場に理解者がいなくて苦しい」「文章が変だといわれれて悔しい」 と愚痴ばかり。給料をもらうために我慢していた。
 臼井さんは知り合いが新潟で手話の理解を広げる活動を広げると聞き、新潟へ。手話講師を始めた。

社会の理解 深める力に
 2011年、にいまーるを設立。助け合うという意味の沖縄の方言「ゆいまーる」と、新潟の「にい」を組み合わせた。ろう者と聴者、どんな人も理解を深め合おう、の思いを込めた。
 にいまーるを一緒に立ち上げた理事長の笠原志郎(68)は、自動車会社の営業マンだったが、退職後に手話を始めた。臼井さんの元生徒だ。「聴者のみなさん、企業のみなさん、ろう者とふれ合ってください。優秀さがわかりますよ」と話す。
 にいまーるを利用するろう者は20人ほどで、日本語を学んだり、ダイレクトメール(DM)の配達の仕事をしたりする。多くが聴者たちの職場でコミュニケーションが取れないことなどで心が折れ、退職に追い込まれた。だから臼井さんにはジレンマがある。
 〈みんなの再就職を応援したい。でも就職が幸せとは限らない。どうすればいいのだろう?〉