「徘徊=他者に害」 決めないで 列車事故訴訟、最高裁判断を前に 

2016/02/27

朝日新聞 2016年2月25日

 徘徊中に列車にはねられた認知症の男性の遺族が、鉄道会社から損害賠償を求められた裁判の行方が注目されている。一、二審では、徘徊は他人に害を及ぼす危険性がある行為との認識が示されたが、そうなのだろうか。3月1日にいい渡される最高裁判決を前に、徘徊について考える。

介護現場「認知症ケアに影響も」
 「いったん徘徊した場合には、どのような行動をするか予測が困難であり(略)他者の財産侵害となりうる行為をする危険性があった」
 名古屋高裁は徘徊についてこう指摘した。名古屋地裁判決も、線路や他人の敷地に侵入したり、道路に飛び出したりする結果、「他人の生命、身体、財産に危害を及ぼす危険性」について言及している。
 最高裁判決でも、こうした見方が示されるのか、心配する介護関係者は少なくない。
 認知症対応型のデイサービス「ケアサロンさくら」(神奈川県鎌倉市)は、利用者18人のうち12人が徘徊したり行方不明になったりした経験がある。そうした利用者も、心身の機能維持と地域交流のため、一緒に近所を歩き、あいさつを交わし。公園で子どもたちと遊ぶ。
 認知症の人や家族、支援者と市民の交流を進める「かまくら認知症ネットワーク」が定期的に開く散策イベント「かまくら散歩」を楽しみにしている人もいる。「さくら」を運営する稲田秀樹さんは「徘徊するような人は外に出てはだめ、家や施設に閉じ込めておきなさいと受け取られる判決を出してほしくない。外出行事まで『危ない』と思われる風潮になれば、介護の世界はゆがんでしまう」と心配する。
 不必要な閉じ込めを避けるため、できるだけ鍵をかけない介護事業所も数多くある。「介護労働を生きる」(現代書簡)などの著書があり、今はデイサービスで認知症高齢者の支援をしているライターの白崎朝子さんは「最高裁の判決によっては、介護職員は利用者を監禁し管理する『牢獄の看守』になるしかない。判決がケアの未来を決める」と話す。
 
閉じ込めず 見守る
 認知症ケアに携わる人たちは、「徘徊」を「目的もなく、うろうろと歩きまわること」(大辞林)とはとらえていない。認知症の人の場合、理由があって外出した後に、その理由を忘れてしまったり、帰り道が分からなくなったりしているからだ。
 こうした意識から、自治体や団体の中には、「徘徊」の言葉を使わないようにする動きがある。
 福岡県大牟田市は、行方不明になった認知症の人を捜す想定で、2004年度から「徘徊SOSネットワーク模擬訓練」に取り組んできた。認知症本人からの「自分たちは、理由もなく何もわからず歩いているわけではない」という意見を踏まえ、昨年名称から「徘徊」を外し、「認知症SOSネットワーク模擬訓練」にした。
 兵庫県は1月、県内の市町が「認知症高齢者の見守り・SOSネットワーク」を作る際に参考にする手引書を作成。認知症の人の行方不明防止と早期発見のための仕組みを解説する冒頭で、「兵庫県では『徘徊』の文字を使わない」と触れた。「『徘徊』はいい言葉とは思われていない。認知症の人も自由に外出、散歩できる地域づくりのため、使わないことにした」(担当者)。
 名古屋市社会福祉協議会の瑞穂区東部・西部いきいき支援センターは、「認知症『ひとり歩き』さぽーとBOOK」を発行している。
 厚生労働省の調査(14年4月現在)では、全市区町村のうち、関係機関で協力して行方不明の人を探すネットワークがある自治体は3割強(616)。GPSの利用など他の方法も合わせると、約6割(1068)が何らかの行方不明防止や見守りの取り組みをしていた。
 認知症介護研究・研修東京センターの水田久美子研究部長は「認知症の人が外を歩くことに、地域の住民や医療・介護の専門職、企業、行政がどう向き合うかが問われている。認知症の人が安心して外出できるまちは、誰にとっても暮らしやすいまちを作ることにつながる」と話す。地域の動きに、判決が与える影響は大きい。