
認知症徘徊 家族の責任は JR東海事故 最高裁弁論
朝日新聞 2016年2月3日
愛知県大府市で2007年、認知症で徘徊中の男性(当時91)が列車にはねられ死亡した事故で、JR東海が遺族に約720万円の損害賠償を求めた訴訟の弁論が2日、最高裁で開かれた(岡部喜代子裁判長)。この日で結審し、判決は3月1日。認知症の高齢者が起こした事故の賠償責任を、介護してきた家族が負うべきかについて、最高裁が初めての判断を示す。
JR側は、振り替え輸送費などの賠償責任が男性の家族にあると主張。責任能力がない人の賠償責任は「監督義務者」が負うと定めた民法714条が適用されるかが争点となった。一審は、在宅介護をしていた男性の妻と、介護方針を決めたとされる長男に全額の支払いを命令。二審は妻のみに半額の約360万円の支払いを命じた。
この日の弁論で遺族側は、JR側の姿勢を「障害者と健常者の共生社会を許さないものだ」と批判。「事故の損害は社会的コストとして企業が負うべきで、夫婦には相手を監視する義務はない」と訴えた。さらに、「認知症の人が一人で外出することは本来無害な行為で、尊厳や行動の自由の点からも世界的な流れだ」と指摘。介護が家族の犠牲と負担で成り立っていることを挙げ、「事故後に結果責任を負わせては、介護は成り立たない」とも主張した。
監督義務者の損害賠償をめぐる裁判では、子どもが起こした事故で両親が賠償を求められる例が多い。認知症の人の事故で介護する家族が賠償を求められたケースで、最高裁の判例はない。
長男 「実情を理解して」
「一、二審の判決は、認知症の人や家族にとって、あってはならない内容。最高裁には、認知症の人の実情や社会の流れを理解した、思いやりのある判決をお願いします」。長男(69)は弁論を前に、そうコメントを寄せた。
JR東海から「監督義務者だ」と訴えられた長男は昨年2月に横浜市から実家近くに戻った。今は、父が営んでいた不動産業を継ぎ、母親(93)や妻(63)と生活している。
事故当時、妻は介護のため父の自宅近くに住み込んでいた。妻が片付けのため玄関先に出て、そばにいた母もまどろんだ一瞬の間に、父は自宅を出た。小銭も持たず、自宅近くのJR大府駅の改札を抜け、一駅先の共和駅まで電車に乗って移動、駅のプラットホーム端にある階段から線路に下りたとみられ、列車にはねられた。
「どうして大府駅の駅員は父を入場させたのか。なぜ共和駅の駅員は、一般の乗客と逆方向に向かう父を呼び止めてくれなかったのか」。家族は裁判で疑問を投げかけた。
父の帽子にも衣服にも、妻が連絡先を記した布を縫いつけていた。これをもとに警察は家族に一報を入れた。
事故の約10カ月前、認知症が重くなり「介護4」の認定を受けた際に、家族は特別養護老人ホームへの入所を考えたが、在宅介護を選んだ。長男は「父は住み慣れた家で生き生きと毎日を過ごしていました」と振り返る。一瞬のすきなく監視しようとすれば、施錠・監禁や施設入居しか残されない。それでいいのかー。そんな思いが、事故からの8年を支えてきたという。





