失語症になった先生「継続は力」いまも

2026/09/04

朝日新聞 2026年8月23日

和歌山県の中高一貫校で生物を教える増田智志さん₍63₎は、2020年4月脳出血で倒れた。体は思うように動かせず、右の腕・足の感覚がなかった。話せなくなっていると気づいたのは、少し後だった。自分ではしゃべっているつもりでも、言葉にならない。筆談ならできるだろうとパソコンを開くと、文字は理解不能な記号に変わっていた。

失語症は脳の言語中枢が損傷し、「話す」「聞く」「読む」「書く」ことがうまくできなくなる。教師を続けられるのか、家族を養えるのか、生きる意味はあるのか、何度も考えた。夜になると死を考えた。どん底の中、ある動画が目にとまった。半身まひで装具をつけた男性が歩いている。本人の解説がついている。これなら自分でもできる、と思った。左手しか動かず、パソコンも使えないが、自分にもできることがあるという希望を諦めたくなかった。毎日スマホで動画を取り、アプリで編集した。「さっしーの失語症&半身麻痺チャンネル」でこれまで約300本の動画を投稿し、自身の経験や生活の工夫を発信している。かつて当事者の動画に救われた。「あなたは、ひとりじゃない。一緒に頑張ろう」。そう伝えたくて発信を続けている。

復職も果たした。週に1回障害について考える授業を持っている。いまも言葉は思うように出てこない。言葉を探しながら、ゆっくり話す。

今年4月、増田さんは大阪市内で講演した。質疑で手を挙げたのはかつて担任した生徒・小島康平さん₍46₎だった。「まじめで、厳しい先生。怒ると迫力があった」生徒に向き合う熱量は人一倍だった、と小島さん。毎回授業のメモを作り、添削してもらっていたという。3年ほど前、増田さんが失語症になったことを知った。入学初日、増田さんが「継続は力なり」と板書したのを覚えている。「先生は今も実践している。自分も負けていられないと思った」と話す。「先生はいつも誰かのために頑張ってこられた。そろそろ自分のために何かしてもいいんじゃないですか」と問いかけると、先生は穏やかな表情でこう答えた。「30年会っていなくても、覚えていてくれる。人のためにやっていたら自分に返ってくる。そういうもんだと思います」

NPO法人りじょぶ大阪(大阪市)は毎年4月25日の「失語症の日」に当事者が語り合うイベントを開いている。今年、関西福祉科学大学(大阪府柏原市)の会場には、当事者6人と学生約20人が集まった。社会福祉士の廣瀬雅典さん₍53₎は、2018年3月に脳梗塞で倒れた。言葉が出ないとき、相手が待ってくれていると思うと焦って余計話せなくなる。「『何か言おうとしていますか』と聞いてくれると『はい』『いいえ』で答えられるので助かる」

岡本歩希日さん₍20₎は、中学生の時祖母が失語症になった。「話しかけても返してくれず、理解しているのかわからなかった」。今回当事者がどんなことに困っているか気づいたという。

失語症の患者は推計で約50万人。退院後に継続的な支援を受けられないことが社会復帰の障壁になっているとの指摘もある。関西福祉大の大塚佳代子教授は「『見えない障害』だということが大きい」。りじょぶ大阪の代表で言語聴覚士の多田紀子さんは言語リハビリサービス「スピーチリンク」を開発し、今年の失語症の日に運用を始めた。「失語症には『もう治らない』『話せない=わかっていない』『話せている=治っている』という三つの誤解がある。当事者の声を通じて失語症のリアルを伝えていきたい」