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	<title>障害者の社会参加を支援するコミュニケーション・アシスト・ネットワーク(ＣＡＮ)</title>
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	<description>言語聴覚障害者の社会参加を支援します。</description>
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		<title>失語症になった先生「継続は力」いまも</title>
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		<pubDate>Fri, 04 Sep 2026 01:46:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年8月23日 和歌山県の中高一貫校で生物を教える増田智志さん₍63₎は、2020年4月脳出血で倒れた。体は思うように動かせず、右の腕・足の感覚がなかった。話せなくなっていると気づいたのは、少し後だった。自分ではしゃべっているつもりでも、言葉にならない。筆談ならできるだろうとパソコンを開くと、文字は理解不能な記号に変わっていた。 失語症は脳の言語中枢が損傷し、「話す」「聞く」「読む」「書く」ことがうまくできなくなる。教師を続けられるのか、家族を養えるのか、生きる意味はあるのか、何度も考えた。夜になると死を考えた。どん底の中、ある動画が目にとまった。半身まひで装具をつけた男性が歩いている。本人の解説がついている。これなら自分でもできる、と思った。左手しか動かず、パソコンも使えないが、自分にもできることがあるという希望を諦めたくなかった。毎日スマホで動画を取り、アプリで編集した。「さっしーの失語症＆半身麻痺チャンネル」でこれまで約300本の動画を投稿し、自身の経験や生活の工夫を発信している。かつて当事者の動画に救われた。「あなたは、ひとりじゃない。一緒に頑張ろう」。そう伝えたくて発信を続けている。 復職も果たした。週に1回障害について考える授業を持っている。いまも言葉は思うように出てこない。言葉を探しながら、ゆっくり話す。 今年4月、増田さんは大阪市内で講演した。質疑で手を挙げたのはかつて担任した生徒・小島康平さん₍46₎だった。「まじめで、厳しい先生。怒ると迫力があった」生徒に向き合う熱量は人一倍だった、と小島さん。毎回授業のメモを作り、添削してもらっていたという。3年ほど前、増田さんが失語症になったことを知った。入学初日、増田さんが「継続は力なり」と板書したのを覚えている。「先生は今も実践している。自分も負けていられないと思った」と話す。「先生はいつも誰かのために頑張ってこられた。そろそろ自分のために何かしてもいいんじゃないですか」と問いかけると、先生は穏やかな表情でこう答えた。「30年会っていなくても、覚えていてくれる。人のためにやっていたら自分に返ってくる。そういうもんだと思います」 NPO法人りじょぶ大阪（大阪市）は毎年4月25日の「失語症の日」に当事者が語り合うイベントを開いている。今年、関西福祉科学大学（大阪府柏原市）の会場には、当事者6人と学生約20人が集まった。社会福祉士の廣瀬雅典さん₍53₎は、2018年3月に脳梗塞で倒れた。言葉が出ないとき、相手が待ってくれていると思うと焦って余計話せなくなる。「『何か言おうとしていますか』と聞いてくれると『はい』『いいえ』で答えられるので助かる」 岡本歩希日さん₍20₎は、中学生の時祖母が失語症になった。「話しかけても返してくれず、理解しているのかわからなかった」。今回当事者がどんなことに困っているか気づいたという。 失語症の患者は推計で約50万人。退院後に継続的な支援を受けられないことが社会復帰の障壁になっているとの指摘もある。関西福祉大の大塚佳代子教授は「『見えない障害』だということが大きい」。りじょぶ大阪の代表で言語聴覚士の多田紀子さんは言語リハビリサービス「スピーチリンク」を開発し、今年の失語症の日に運用を始めた。「失語症には『もう治らない』『話せない＝わかっていない』『話せている＝治っている』という三つの誤解がある。当事者の声を通じて失語症のリアルを伝えていきたい」]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年8月23日</p>
<p>和歌山県の中高一貫校で生物を教える増田智志さん₍63₎は、2020年4月脳出血で倒れた。体は思うように動かせず、右の腕・足の感覚がなかった。話せなくなっていると気づいたのは、少し後だった。自分ではしゃべっているつもりでも、言葉にならない。筆談ならできるだろうとパソコンを開くと、文字は理解不能な記号に変わっていた。</p>
<p>失語症は脳の言語中枢が損傷し、「話す」「聞く」「読む」「書く」ことがうまくできなくなる。教師を続けられるのか、家族を養えるのか、生きる意味はあるのか、何度も考えた。夜になると死を考えた。どん底の中、ある動画が目にとまった。半身まひで装具をつけた男性が歩いている。本人の解説がついている。これなら自分でもできる、と思った。左手しか動かず、パソコンも使えないが、自分にもできることがあるという希望を諦めたくなかった。毎日スマホで動画を取り、アプリで編集した。「さっしーの失語症＆半身麻痺チャンネル」でこれまで約300本の動画を投稿し、自身の経験や生活の工夫を発信している。かつて当事者の動画に救われた。「あなたは、ひとりじゃない。一緒に頑張ろう」。そう伝えたくて発信を続けている。</p>
<p>復職も果たした。週に1回障害について考える授業を持っている。いまも言葉は思うように出てこない。言葉を探しながら、ゆっくり話す。</p>
<p>今年4月、増田さんは大阪市内で講演した。質疑で手を挙げたのはかつて担任した生徒・小島康平さん₍46₎だった。「まじめで、厳しい先生。怒ると迫力があった」生徒に向き合う熱量は人一倍だった、と小島さん。毎回授業のメモを作り、添削してもらっていたという。3年ほど前、増田さんが失語症になったことを知った。入学初日、増田さんが「継続は力なり」と板書したのを覚えている。「先生は今も実践している。自分も負けていられないと思った」と話す。「先生はいつも誰かのために頑張ってこられた。そろそろ自分のために何かしてもいいんじゃないですか」と問いかけると、先生は穏やかな表情でこう答えた。「30年会っていなくても、覚えていてくれる。人のためにやっていたら自分に返ってくる。そういうもんだと思います」</p>
<p>NPO法人りじょぶ大阪（大阪市）は毎年4月25日の「失語症の日」に当事者が語り合うイベントを開いている。今年、関西福祉科学大学（大阪府柏原市）の会場には、当事者6人と学生約20人が集まった。社会福祉士の廣瀬雅典さん₍53₎は、2018年3月に脳梗塞で倒れた。言葉が出ないとき、相手が待ってくれていると思うと焦って余計話せなくなる。「『何か言おうとしていますか』と聞いてくれると『はい』『いいえ』で答えられるので助かる」</p>
<p>岡本歩希日さん₍20₎は、中学生の時祖母が失語症になった。「話しかけても返してくれず、理解しているのかわからなかった」。今回当事者がどんなことに困っているか気づいたという。</p>
<p>失語症の患者は推計で約50万人。退院後に継続的な支援を受けられないことが社会復帰の障壁になっているとの指摘もある。関西福祉大の大塚佳代子教授は「『見えない障害』だということが大きい」。りじょぶ大阪の代表で言語聴覚士の多田紀子さんは言語リハビリサービス「スピーチリンク」を開発し、今年の失語症の日に運用を始めた。「失語症には『もう治らない』『話せない＝わかっていない』『話せている＝治っている』という三つの誤解がある。当事者の声を通じて失語症のリアルを伝えていきたい」</p>
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		<title>高次脳機能障害　この社会を生きる　1～12</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 05:28:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年7月20日～8月4日 連載の1，2では「オッサンと家族の10年」　友村一紀さん₍55₎と家族の体験が紹介されている。発症から3年経って障害者手帳を取得し、就労支援B型の事業所に通い始めた。自分ではA型に移り障害者雇用枠での就職を思い描いていたが、思うようにいかなかった。その後、カフェを開きたいと学び始め、失敗しながらも神戸で「オッサンズ珈琲KOBE」をオープン、月1回高次脳カフェを開いているという。 3～5では、3歳の時にO157に感染し急性脳症・脳出血を発症した中村太一さん₍26₎と母・千穂さんの体験。小1のとき当事者と家族の会「ハイリハキッズ」に参加し始めた。成長とともに自分の障への苦悩もあった太一さん。中3のとき「どんな気持ちで生きてきたかわかる？」「みんな記憶ができてうらやましい」と感情をぶつけたという。その後、デッサンに打ち込むようになり、表現活動に携わっている。 6，7では、子どもへの支援について、戸田中央メディカルケアグループ本部特別顧問の医師・渡邉修さんの話を紹介している。医療機関と学校との連携が重要と指摘、社会生活そのものがリハビリであるという。 8～10では、夫コウジさん₍64₎が43歳の時くも膜下出血で倒れたのち高次脳機能障害を発症した、イラストレーター・柴本礼さんの体験。深刻さが周囲に理解されずつらかったという柴本さんは、マンガで発信した。「ケアら―である家族への支援が欠かせない」と強く感じているという。 11，12では、30年余り高次脳機能障害の当事者と向き合ってきた脳神経外科医・山口研一郎氏（やまぐちクリニック）が「支援法への思い」を語っている。11では、まだ「高次脳機能障害」という言葉ができる前からの長年の歩みを振り返り、病院で相談しても「命が助かっただけいいと思いなさい」と言われ、行政も「寝たきりでもなく食事も支障ないのであれば支援できない」と。行き場がなかった患者、家族が全国から相談に来た、集まれる場所をつくりたいという思いがあった、という。12では、支援法が「絵に描いた餅にならないようにしなければ」と語る。（以下山口氏）障害の背景には事故や労災といった社会的な要因が大きく、障害を持つと社会復帰が難しい。特に最近は仕事が合理化、デジタル化され、上司や同僚との関係性が希薄になってきたためより復帰が困難になっている。この障害は個人差が大きく、法律にある「適正な雇用管理」ができるかも不安だ。受診できる専門家も少なく、高次脳機能障害に特化した診療報酬もない。各都道府県に支援センターを作るとしているが、どう運用するのか、十分示されていない。高次脳機能障害は、見えない障害と言われるが、医療と福祉のはざまで、社会的にも見えにくい。法律ですべて解決するわけではなく、声を上げ続けなければいけないと思っている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年7月20日～8月4日</p>
<p>連載の1，2では「オッサンと家族の10年」　友村一紀さん₍55₎と家族の体験が紹介されている。発症から3年経って障害者手帳を取得し、就労支援B型の事業所に通い始めた。自分ではA型に移り障害者雇用枠での就職を思い描いていたが、思うようにいかなかった。その後、カフェを開きたいと学び始め、失敗しながらも神戸で「オッサンズ珈琲KOBE」をオープン、月1回高次脳カフェを開いているという。</p>
<p>3～5では、3歳の時にO157に感染し急性脳症・脳出血を発症した中村太一さん₍26₎と母・千穂さんの体験。小1のとき当事者と家族の会「ハイリハキッズ」に参加し始めた。成長とともに自分の障への苦悩もあった太一さん。中3のとき「どんな気持ちで生きてきたかわかる？」「みんな記憶ができてうらやましい」と感情をぶつけたという。その後、デッサンに打ち込むようになり、表現活動に携わっている。</p>
<p>6，7では、子どもへの支援について、戸田中央メディカルケアグループ本部特別顧問の医師・渡邉修さんの話を紹介している。医療機関と学校との連携が重要と指摘、社会生活そのものがリハビリであるという。</p>
<p>8～10では、夫コウジさん₍64₎が43歳の時くも膜下出血で倒れたのち高次脳機能障害を発症した、イラストレーター・柴本礼さんの体験。深刻さが周囲に理解されずつらかったという柴本さんは、マンガで発信した。「ケアら―である家族への支援が欠かせない」と強く感じているという。</p>
<p>11，12では、30年余り高次脳機能障害の当事者と向き合ってきた脳神経外科医・山口研一郎氏（やまぐちクリニック）が「支援法への思い」を語っている。11では、まだ「高次脳機能障害」という言葉ができる前からの長年の歩みを振り返り、病院で相談しても「命が助かっただけいいと思いなさい」と言われ、行政も「寝たきりでもなく食事も支障ないのであれば支援できない」と。行き場がなかった患者、家族が全国から相談に来た、集まれる場所をつくりたいという思いがあった、という。12では、支援法が「絵に描いた餅にならないようにしなければ」と語る。（以下山口氏）障害の背景には事故や労災といった社会的な要因が大きく、障害を持つと社会復帰が難しい。特に最近は仕事が合理化、デジタル化され、上司や同僚との関係性が希薄になってきたためより復帰が困難になっている。この障害は個人差が大きく、法律にある「適正な雇用管理」ができるかも不安だ。受診できる専門家も少なく、高次脳機能障害に特化した診療報酬もない。各都道府県に支援センターを作るとしているが、どう運用するのか、十分示されていない。高次脳機能障害は、見えない障害と言われるが、医療と福祉のはざまで、社会的にも見えにくい。法律ですべて解決するわけではなく、声を上げ続けなければいけないと思っている。</p>
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		<title>2026熊本地震で被災された皆様にお見舞い申し上げます</title>
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		<pubDate>Sat, 08 Aug 2026 00:03:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[重要なお知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[この度の2026熊本地震で被災されたみなさまにお見舞い申し上げます。 障害をもつ人々が、不自由な暮らしを強いられていると推察いたします。言語・聴覚に障害がある人たちの中には、援助を求められずに困っている人も多いのではないかと想像します。当面、専門職が現地で直接支援することは困難なようなので、看護師、保健師など医療職や介護ヘルパー、行政担当者などに役に立つようなコミュニケーション支援を掲載します。話しことばでのコミュニケーションがとりにくい人を見かけた時は、身ぶり手ぶり、文字、絵などを同時に使ってみて下さい。わかりやすくしようとして声を大きくしたり、ことばを一音ずつ区切ったりすると、その人の障害の種類によってはかえって理解しにくくなったり、混乱したりします。あらかじめ障害の種類がわかっている場合は、下記に障害別の症状や特徴、対応の仕方が書かれていますので参考にしてください。 ★ 被災地の看護師、保健師など医療職や介護ヘルパー、行政担当者の方々のために、言語聴覚障害の方への対応方法をまとめた「コミュニケーション支援ハンドブック」を作成しました。Ｂ5版24ページです。無料でお送りしますので、必要な方はFAX(06-6305-3969)、またはメールでお申し込みください。　we_can_bb@ybb.ne.jp ◆支援方法について 失語症の人への支援（3月22日更新） 聴覚障害をもつ人とのコミュニケーションの取り方（3月30日更新） 自閉症や発達障害の人への、災害避難所での支援（3月30日更新） 摂食・嚥下障害をもつ人への支援（4月1日更新） 認知症の人への支援（3月22日更新） 高次脳機能障害の方への支援と対応方法（3月28日更新） ◆絵文字を使ったコミュニケーション支援 絵文字を使ったコミュニケーション支援（3月22日更新） ◆関連情報 「過去の大震災を経験した言語聴覚士の報告」 過去の大震災を経験した言語聴覚士の報告です。 阪神・淡路大震災の時、当時のＳＴの現任者団体である日本聴能言語士協会の会報に掲載された 「震災の時の話をしよう」（pdfファイル） 阪神・淡路大震災を経験した福田登美子さん（元広島保健福祉大学教員）の 「阪神・淡路大震災の教訓」（pdfファイル） 中越地震・中越沖地震当時、新潟県言語聴覚士会の会長であった目黒文さんの 「中越地震・中越沖地震のアンケートのまとめ」（pdfファイル） 「被災地での健康を守るために」（pdfファイル） 厚生労働省でまとめられたものです。 「災害時に持っておくとよいもの」（pdfファイル） 災害時に持っておくとよいものをまとめたものです。 ◆関連リンク 「災害時の障害者に対する支援方法のまとめ」（株式会社ミライロ・ブログ） 言語聴覚障害を含む障害者への支援に役立つサイトです。 「東日本大震災 障害者救援本部」 「被災地での障害がある人への基礎的な対応」(DPI女性障害者ﾈｯﾄﾜｰｸ) 被災地での障害がある人への基礎的な対応方法がまとめられています。 被災地のニーズと、支援者のリソースをマッチングするWEBサービスです。 ◆携帯用サイトのご案内 当ページと同様の内容を携帯用サイトでもご覧いただけます。 下記URLの入力かQRコードを読み取ってご利用ください（PCからは利用できません） http://we-can.or.jp/ 新たに情報が得られれば随時掲載していきます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>この度の2026熊本地震で被災されたみなさまにお見舞い申し上げます。</p>
<p>障害をもつ人々が、不自由な暮らしを強いられていると推察いたします。言語・聴覚に障害がある人たちの中には、援助を求められずに困っている人も多いのではないかと想像します。当面、専門職が現地で直接支援することは困難なようなので、看護師、保健師など医療職や介護ヘルパー、行政担当者などに役に立つようなコミュニケーション支援を掲載します。話しことばでのコミュニケーションがとりにくい人を見かけた時は、身ぶり手ぶり、文字、絵などを同時に使ってみて下さい。わかりやすくしようとして声を大きくしたり、ことばを一音ずつ区切ったりすると、その人の障害の種類によってはかえって理解しにくくなったり、混乱したりします。あらかじめ障害の種類がわかっている場合は、下記に障害別の症状や特徴、対応の仕方が書かれていますので参考にしてください。</p>
<p>★ 被災地の看護師、保健師など医療職や介護ヘルパー、行政担当者の方々のために、言語聴覚障害の方への対応方法をまとめた「コミュニケーション支援ハンドブック」を作成しました。Ｂ5版24ページです。無料でお送りしますので、必要な方はFAX(06-6305-3969)、またはメールでお申し込みください。　<a href="mailto:we_can_bb@ybb.ne.jp">we_can_bb@ybb.ne.jp</a></p>
<h3>◆支援方法について</h3>
<ul>
<li><a href="/p/465/">失語症の人への支援</a>（3月22日更新）</li>
<li><a href="/p/475/">聴覚障害をもつ人とのコミュニケーションの取り方</a>（3月30日更新）</li>
<li><a href="/p/483/">自閉症や発達障害の人への、災害避難所での支援</a>（3月30日更新）</li>
<li><a href="/p/487/">摂食・嚥下障害をもつ人への支援</a>（4月1日更新）</li>
<li><a href="/p/491/">認知症の人への支援</a>（3月22日更新）</li>
<li><a href="/p/496/">高次脳機能障害の方への支援と対応方法</a>（3月28日更新）</li>
</ul>
<h3>◆絵文字を使ったコミュニケーション支援</h3>
<ul>
<li><a href="/p/500/">絵文字を使ったコミュニケーション支援</a>（3月22日更新）</li>
</ul>
<h3>◆関連情報</h3>
<h4>「過去の大震災を経験した言語聴覚士の報告」</h4>
<p>過去の大震災を経験した言語聴覚士の報告です。</p>
<ol>
<li>阪神・淡路大震災の時、当時のＳＴの現任者団体である日本聴能言語士協会の会報に掲載された<br />
<a href="http://www.we-can.or.jp/wp-content/uploads/2011/03/topics110414_01.pdf" target="_blank">「震災の時の話をしよう」</a>（pdfファイル）</li>
<li>阪神・淡路大震災を経験した福田登美子さん（元広島保健福祉大学教員）の<br />
<a href="http://www.we-can.or.jp/wp-content/uploads/2011/03/topics110414_02.pdf" target="_blank">「阪神・淡路大震災の教訓」</a>（pdfファイル）</li>
<li>中越地震・中越沖地震当時、新潟県言語聴覚士会の会長であった目黒文さんの<br />
<a href="http://www.we-can.or.jp/wp-content/uploads/2011/03/topics110316_02.pdf" target="_blank">「中越地震・中越沖地震のアンケートのまとめ」</a>（pdfファイル）</li>
</ol>
<p><a href="http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/hoken-sidou/dl/disaster.pdf" target="_blank">「被災地での健康を守るために」</a>（pdfファイル）<br />
厚生労働省でまとめられたものです。</p>
<p><a href="http://www.we-can.or.jp/wp-content/uploads/2011/03/topics110322_01.pdf" target="_blank">「災害時に持っておくとよいもの」</a>（pdfファイル）<br />
災害時に持っておくとよいものをまとめたものです。</p>
<h3>◆関連リンク</h3>
<p><a href="http://www.mirairo.co.jp/wordpress/archives/180" target="_blank">「災害時の障害者に対する支援方法のまとめ」</a>（株式会社ミライロ・ブログ）<br />
言語聴覚障害を含む障害者への支援に役立つサイトです。</p>
<p><a href="http://shinsai-syougaisya.blogspot.com/" target="_blank">「東日本大震災 障害者救援本部」</a></p>
<p><a href="http://dpiwomen.blogspot.com/" target="_blank">「被災地での障害がある人への基礎的な対応」</a>(DPI女性障害者ﾈｯﾄﾜｰｸ)<br />
被災地での障害がある人への基礎的な対応方法がまとめられています。</p>
<p><a href="http://b.volunteer-platform.org/" target="_blank"><br />
<img src="http://b.volunteer-platform.org/img/bn/bn468x60.jpg" alt="ボランティアプラットフォーム" width="468" height="60" /></a></p>
<p>被災地のニーズと、支援者のリソースをマッチングするWEBサービスです。</p>
<h3>◆携帯用サイトのご案内</h3>
<p>当ページと同様の内容を携帯用サイトでもご覧いただけます。<br />
下記URLの入力かQRコードを読み取ってご利用ください（PCからは利用できません）</p>
<p><img src="/images/qr_mobile.gif" /></p>
<p><a href="http://we-can.or.jp/">http://we-can.or.jp/</a></p>
<p>新たに情報が得られれば随時掲載していきます。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>ケア必要な障害者　線引きしない</title>
		<link>https://www.we-can.or.jp/p/3468/</link>
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		<pubDate>Sat, 01 Aug 2026 01:04:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年7月16日 つくば市の自宅兼訪問介護事業所で、柏原絵美さん₍38₎は難病ALSで寝たきりの母・真弓さん₍73₎の気持ちを目の動きや雰囲気で読み取る。絵美さんが大学生のときに診断され、3年後、24時間介助が必要となった。ヘルパーで埋まらない時間は家族が介助に入ったが、次第に疲弊。ヘルパーの派遣を待つのでなく、自分たちで母を支えるチームを作ろうと介護事業所を父と立ち上げたが、そこでも人手不足に直面した。 ヘルパー派遣を公的に支える重度訪問介護制度を活用し、事業所では約40人のヘルパーが働くが、人手不足の懸念は今も尽きない。介助の仕事は「大変」というイメージが強く、待遇も事業所の努力では上げづらい。絵美さんは「業界として構造的な問題がある」と指摘する。ヘルパー不足のために「自宅で暮らすこと、さらには呼吸器をつけることを諦める人が増えるのではないか。それを見て見ぬふりをする社会になってほしくない」 長時間の介助が必要な重度障害がある人は、全国に約42万人いるとされる。人手不足が極まっても、生きるのを諦めるような社会にしないために、どうすればよいのか。 つくば市職員の尾崎柊子さん(27)は学生だった2年間真弓さんのヘルパーとして働いた。大学では、障害について学んだ。周囲には当事者が多く、「負い目のようなものを感じていた」が、一緒に学ぶうち「彼らが抱える困難や悔しさと自分の悩みがリンクする瞬間もあった」。今も人手の確保に苦心するケアの現場に向き合う尾崎さんは、自身の経験に社会のあり方につながるヒントがある、と考える。「知らないからと遠ざけてしまうことを乗り越える。一人でも多くの人が障害者と向き合った先に『何とかしよう』というパワーが生まれる気がする」 在宅の重度障碍者を支援するNPO法人「境を越えて」（江東区）は2019年、介助者や支援者を巻き込み、ヘルパー以外の支える力を育むことで業界の人材不足に立ち向かおうと結成された。この6月まで約1年間理事長を務めた佐藤裕美さん₍55₎は10年ほど前、ALSを発症し、突然介護が必要になった。社会から「異物」のように見られていると感じた。誰もが当事者になりうるのに、なった途端に線引きされる恐怖や戸惑いを感じてきた。この線引きが支え手を遠ざけ、支えあう力を押し下げる。そうしないためにも「当事者をいないものとして扱うようないびつな社会にしない。当たり前に生活する先に、誰かを隠したり切り捨てたりしない世界がある」と話す。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年7月16日</p>
<p>つくば市の自宅兼訪問介護事業所で、柏原絵美さん₍38₎は難病ALSで寝たきりの母・真弓さん₍73₎の気持ちを目の動きや雰囲気で読み取る。絵美さんが大学生のときに診断され、3年後、24時間介助が必要となった。ヘルパーで埋まらない時間は家族が介助に入ったが、次第に疲弊。ヘルパーの派遣を待つのでなく、自分たちで母を支えるチームを作ろうと介護事業所を父と立ち上げたが、そこでも人手不足に直面した。</p>
<p>ヘルパー派遣を公的に支える重度訪問介護制度を活用し、事業所では約40人のヘルパーが働くが、人手不足の懸念は今も尽きない。介助の仕事は「大変」というイメージが強く、待遇も事業所の努力では上げづらい。絵美さんは「業界として構造的な問題がある」と指摘する。ヘルパー不足のために「自宅で暮らすこと、さらには呼吸器をつけることを諦める人が増えるのではないか。それを見て見ぬふりをする社会になってほしくない」</p>
<p>長時間の介助が必要な重度障害がある人は、全国に約42万人いるとされる。人手不足が極まっても、生きるのを諦めるような社会にしないために、どうすればよいのか。</p>
<p>つくば市職員の尾崎柊子さん(27)は学生だった2年間真弓さんのヘルパーとして働いた。大学では、障害について学んだ。周囲には当事者が多く、「負い目のようなものを感じていた」が、一緒に学ぶうち「彼らが抱える困難や悔しさと自分の悩みがリンクする瞬間もあった」。今も人手の確保に苦心するケアの現場に向き合う尾崎さんは、自身の経験に社会のあり方につながるヒントがある、と考える。「知らないからと遠ざけてしまうことを乗り越える。一人でも多くの人が障害者と向き合った先に『何とかしよう』というパワーが生まれる気がする」</p>
<p>在宅の重度障碍者を支援するNPO法人「境を越えて」（江東区）は2019年、介助者や支援者を巻き込み、ヘルパー以外の支える力を育むことで業界の人材不足に立ち向かおうと結成された。この6月まで約1年間理事長を務めた佐藤裕美さん₍55₎は10年ほど前、ALSを発症し、突然介護が必要になった。社会から「異物」のように見られていると感じた。誰もが当事者になりうるのに、なった途端に線引きされる恐怖や戸惑いを感じてきた。この線引きが支え手を遠ざけ、支えあう力を押し下げる。そうしないためにも「当事者をいないものとして扱うようないびつな社会にしない。当たり前に生活する先に、誰かを隠したり切り捨てたりしない世界がある」と話す。</p>
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		<title>（耕論）やまゆり園事件 10年経って</title>
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		<pubDate>Sun, 26 Jul 2026 05:20:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年7月25日 重い障害がある人を標的にした事件は、社会に巣くう差別意識をあらわにした。19人の命が奪われた相模原市の津久井やまゆり園事件（以下、事件）から26日で10年。社会は変われたのか。 広がる排除あらゆる人に 石地かおるさん（自立生活センター「リングリング」スタッフ） あれだけのことが起きたのに、なぜ「社会をよくしていこう」という方に向かわなかったのか。むしろ排除の対象が広がり、社会はますます悪くなっていると感じている。 幼い頃から「あなたを殺して私も死のうと思った」と自分の存在が歓迎されなかった話を聞かされてきた。小学校に上がる前には「障害者はお荷物だ」というまなざしが世の中にあることに気付いていた。事件は、多くの人が心の中に持っているものを一人の人間が実行したんだと感じた。 事件後は多くの障害者が、外出をためらうほど怖がっていた。そんな障害者の恐怖がどれだけ共感されていただろうか。亡くなった19人は匿名にされたうえ、事件後早い時期から、介護現場の労働環境や親の負担をめぐる報道が目立つようになった。マジョリティーの関心が優先された。 もし19人の健常者が殺されたら、きっと社会全体で悼むだろう。総理大臣が「絶対に許さない」と声明を出したり現場で献花するかもしれない。やまゆり事件ではなかったことだ。事件は健常者と障害者の間の大きな隔たりをあらわにした。 でも、今の社会のありようで排除されるのは障害者だけではない。「外国人は優遇されている」「終末期の延命措置は全額自己負担を」などの訴えがある。「生産性がない」「税金を食いつぶす」と障害者が言われ続けてきたことと地続きだ。そんな考え方が当たり前になれば、次に矛先が向くのは貧困の人かもしれないし、勉強ができない人かもしれない。 あらゆる人がいつ排除されるかわからない社会で、障害者は生き延びてきた。7月26日「やまゆり10年」には事件に抗議し、障害者が生きている姿を見せる街頭アクションを開く。 自他の傷 対話で気づいて 坂上　香さん（ドキュメンタリー映画監督） 事件はすでに風化しつつある。死刑判決が確定してからは加速度的だ。植松死刑囚は自分を深く見つめる機会も、他者を思う気付きも得られないまま。一方社会は「あんな事件を起こしたやつは死んで当然」と思考停止し、外国人差別に代表されるような排除の傾向がより露骨になっている。 この10年で浮き彫りになったのは、日本社会の圧倒的な「対話」の不在だ。 私は30年前、暴力の連鎖を止める取り組みを取材する中で「回復共同体（TC）」というプログラムに出会った。受刑者が語り合うなかで、自らが抱える痛みに気づき、他者に与えた被害を自覚していく。日本で唯一TCを導入する島根県の刑務所に通い、ドキュメンタリー「プリズン・サークル」を制作した。観客は「どうすれば受刑者たちのように語れるのか」と聞いてくる。そんな対話の場は刑務所の外にもない。 植松死刑囚のほかにも、自分を秩序を守る正しい側に位置づける暴力事件を起こした人はいる。何を恐れ、何を守りたいのか、そんな対話ができず、自分の考えに固執する孤独な姿が浮かぶ。 一定の標準から外れると排除される学校教育や就職活動が、若者たちに深い傷を負わせている。 今からでも、それぞれが対話の場を作ったり参加したりすることが必要だ。自他に向き合う対話をあきらめないことだ。 「生産性」問う歴史 知ろう 藤井　渉さん（社会福祉学研究者） 事件があらわにしたことの一つは「社会の役に立つか否か」で選別するという人間観が、社会で支配的だという現実だ。この考え方は戦時中の理論そのものだ。障害者への差別は戦時中もあったが、明確な線引きがあった。傷痍軍人には手厚い支援があった一方で、それ以外の障害者が「穀潰し」「非国民」とされたのだ。「国家の役に立ったか」がポイントだった。 戦後は「社会の役に立たない障害者はコストだ」という考えとして生き続けた。旧優生保護法が生まれ、その後高度成長期と続いた。「生産性」が重視され、序列化が進んだ。障害者は非常に生きづらい時代だった。 「優性思想はよくない」ということが当たり前になった今の社会でも、低流は変わらない。施設の入所条件に不妊手術を要求したり、学校でも職場でも障害者と健常者が安易に分けられていたりと、根本にある障害者へのまなざしは変わっていない。政策や人々の意識によって脈々と作り上げられてきたものが事件とつながっている。 一方で、この10年で障害者に関する施策は充実した。その成果も当事者や親、関わる人たちが何十年も前から連帯し、差別に対抗する論陣を張り、法整備を訴えてきたこととつながっている。 大事なのはこうした歴史を知ることだ。なぜ「生産性が大事」とか「障害者はお荷物だ」と思わされているのか。歴史を振り返れば、それは政策や制度、その中で生きる一人ひとりが作り出した色眼鏡にすぎないとわかるはずだ。その気づきをだれかに話したり、共感する人に出会ったりすることで、新たな連帯が生まれるかもしれない。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年7月25日</p>
<p>重い障害がある人を標的にした事件は、社会に巣くう差別意識をあらわにした。19人の命が奪われた相模原市の津久井やまゆり園事件（以下、事件）から26日で10年。社会は変われたのか。</p>
<p><strong>広がる排除あらゆる人に</strong><br />
<strong> 石地かおるさん</strong>（自立生活センター「リングリング」スタッフ）<br />
あれだけのことが起きたのに、なぜ「社会をよくしていこう」という方に向かわなかったのか。むしろ排除の対象が広がり、社会はますます悪くなっていると感じている。<br />
幼い頃から「あなたを殺して私も死のうと思った」と自分の存在が歓迎されなかった話を聞かされてきた。小学校に上がる前には「障害者はお荷物だ」というまなざしが世の中にあることに気付いていた。事件は、多くの人が心の中に持っているものを一人の人間が実行したんだと感じた。<br />
事件後は多くの障害者が、外出をためらうほど怖がっていた。そんな障害者の恐怖がどれだけ共感されていただろうか。亡くなった19人は匿名にされたうえ、事件後早い時期から、介護現場の労働環境や親の負担をめぐる報道が目立つようになった。マジョリティーの関心が優先された。<br />
もし19人の健常者が殺されたら、きっと社会全体で悼むだろう。総理大臣が「絶対に許さない」と声明を出したり現場で献花するかもしれない。やまゆり事件ではなかったことだ。事件は健常者と障害者の間の大きな隔たりをあらわにした。<br />
でも、今の社会のありようで排除されるのは障害者だけではない。「外国人は優遇されている」「終末期の延命措置は全額自己負担を」などの訴えがある。「生産性がない」「税金を食いつぶす」と障害者が言われ続けてきたことと地続きだ。そんな考え方が当たり前になれば、次に矛先が向くのは貧困の人かもしれないし、勉強ができない人かもしれない。<br />
あらゆる人がいつ排除されるかわからない社会で、障害者は生き延びてきた。7月26日「やまゆり10年」には事件に抗議し、障害者が生きている姿を見せる街頭アクションを開く。</p>
<p><strong>自他の傷 対話で気づいて</strong><br />
<strong> 坂上　香さん</strong>（ドキュメンタリー映画監督）<br />
事件はすでに風化しつつある。死刑判決が確定してからは加速度的だ。植松死刑囚は自分を深く見つめる機会も、他者を思う気付きも得られないまま。一方社会は「あんな事件を起こしたやつは死んで当然」と思考停止し、外国人差別に代表されるような排除の傾向がより露骨になっている。<br />
この10年で浮き彫りになったのは、日本社会の圧倒的な「対話」の不在だ。<br />
私は30年前、暴力の連鎖を止める取り組みを取材する中で「回復共同体（TC）」というプログラムに出会った。受刑者が語り合うなかで、自らが抱える痛みに気づき、他者に与えた被害を自覚していく。日本で唯一TCを導入する島根県の刑務所に通い、ドキュメンタリー「プリズン・サークル」を制作した。観客は「どうすれば受刑者たちのように語れるのか」と聞いてくる。そんな対話の場は刑務所の外にもない。<br />
植松死刑囚のほかにも、自分を秩序を守る正しい側に位置づける暴力事件を起こした人はいる。何を恐れ、何を守りたいのか、そんな対話ができず、自分の考えに固執する孤独な姿が浮かぶ。<br />
一定の標準から外れると排除される学校教育や就職活動が、若者たちに深い傷を負わせている。<br />
今からでも、それぞれが対話の場を作ったり参加したりすることが必要だ。自他に向き合う対話をあきらめないことだ。</p>
<p><strong>「生産性」問う歴史 知ろう</strong><br />
<strong> 藤井　渉さん</strong>（社会福祉学研究者）<br />
事件があらわにしたことの一つは「社会の役に立つか否か」で選別するという人間観が、社会で支配的だという現実だ。この考え方は戦時中の理論そのものだ。障害者への差別は戦時中もあったが、明確な線引きがあった。傷痍軍人には手厚い支援があった一方で、それ以外の障害者が「穀潰し」「非国民」とされたのだ。「国家の役に立ったか」がポイントだった。<br />
戦後は「社会の役に立たない障害者はコストだ」という考えとして生き続けた。旧優生保護法が生まれ、その後高度成長期と続いた。「生産性」が重視され、序列化が進んだ。障害者は非常に生きづらい時代だった。<br />
「優性思想はよくない」ということが当たり前になった今の社会でも、低流は変わらない。施設の入所条件に不妊手術を要求したり、学校でも職場でも障害者と健常者が安易に分けられていたりと、根本にある障害者へのまなざしは変わっていない。政策や人々の意識によって脈々と作り上げられてきたものが事件とつながっている。<br />
一方で、この10年で障害者に関する施策は充実した。その成果も当事者や親、関わる人たちが何十年も前から連帯し、差別に対抗する論陣を張り、法整備を訴えてきたこととつながっている。<br />
大事なのはこうした歴史を知ることだ。なぜ「生産性が大事」とか「障害者はお荷物だ」と思わされているのか。歴史を振り返れば、それは政策や制度、その中で生きる一人ひとりが作り出した色眼鏡にすぎないとわかるはずだ。その気づきをだれかに話したり、共感する人に出会ったりすることで、新たな連帯が生まれるかもしれない。</p>
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		<title>障害者の活躍 もっと！　法定雇用率2.5％→2.7％へ</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Jul 2026 05:33:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年5月25日　朝日新聞 7月に法定雇用率が2.5％から2.7%に引き上げられる。障害者の仕事の幅を広げようと、取り組む企業がある。単純な作業にとどまらない障害者の「活躍」の現場～サントリー、セイコーエプソン～を紹介している。 サントリーでは、「お客様とコミュニケーションをとって、お酒を売りたい」という軽度知的障害がある人の営業サポートの実例。 セイコーエプソンでは、特例子会社での制度を見直し、支援スタッフが全員の人材を評価、成果を給料に反映したり、管理職のへの道を開いた。 他にも、中小企業の取り組みを紹介。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2026年5月25日　朝日新聞</p>
<p>7月に法定雇用率が2.5％から2.7%に引き上げられる。障害者の仕事の幅を広げようと、取り組む企業がある。単純な作業にとどまらない障害者の「活躍」の現場～サントリー、セイコーエプソン～を紹介している。</p>
<p>サントリーでは、「お客様とコミュニケーションをとって、お酒を売りたい」という軽度知的障害がある人の営業サポートの実例。</p>
<p>セイコーエプソンでは、特例子会社での制度を見直し、支援スタッフが全員の人材を評価、成果を給料に反映したり、管理職のへの道を開いた。</p>
<p>他にも、中小企業の取り組みを紹介。</p>
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		<title>脳傷つき異変 息子のほかにも　　見えない障害「社会で支えて」</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Jul 2026 05:19:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年7月6日　朝日新聞 神奈川県の東川悦子さん(86)の長男（58）は25歳だった1993年、交通事故にあった。意識不明で、50日間生死の境をさまよった。やがて意識が回復し、退院したが、新しいことを記憶できず、感情を制御できないなど、以前とは様子が違う。復職もできず、自暴自棄になる長男を前に、どうすることもできない毎日だった。 病気や事故など脳が傷つき、記憶などに支障が出る「高次脳機能障害」。当時、医療現場ではこの言葉が使われていたが、正式な診断名ではなかった。身体障害を伴わないため、障害者手帳を取得できず、支援を受けられなかった。 救命救急の医療体制が進み、助かる命は増えた。後遺障害を抱えながら苦しんでいる人は増えているのではないか。東川さんは医師に疑問をぶつけた。「息子のような患者はたくさんいるだろうに、どうして当事者や家族を支える会がないのですか？」すると医師は言った。「やってください、必要は感じているけど旗を振ってくれる人がいないのです」 高次脳機能障害とともに生きる人は、国内で少なくとも約23万人と推計される。今年4月、こうした人たちを支援する「高次脳機能障害者支援法」が施行された。法制化への活動は30年ほど前、親たちの声から始まった。 1997年、神奈川県内に当事者と家族の会が発足。同じころ名古屋でも親たちが中心となり、会が立ち上がった。1998年、日本で初めてのシンポジウムが開かれ、2000年には各地の会が集まり、全国組織となる「日本脳外傷友の会」が発足。理事長に就いた東川さんは厚生省(当時)にも出向き、実態調査と支援事業の実施を求めた。 高次脳機能障害は今も、社会に広く知られているとは言えない。「支援法はできたが課題は多い。これからが本番です」会の名称も「日本高次脳機能障害友の会」となった。現理事長の片岡保憲さん₍48₎は支援法を実現させるために奔走してきた。「中途障害である高次脳機能障害は、誰もが当事者になりうる。そのときに、支援も理解も不十分でいいのか。この問いを社会に広げたい。自分事にたぐり寄せる想像力を持ってほしい。支援法がそのきっかけになれば、と願っている」 ＊このほか、「自立手助け 職場や学校に役割」、「いちからわかる！高次脳機能障害とは？」、「忘れても 何度もうなづきあえる場所」当事者カフェ、の記事が掲載されてる]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2026年7月6日　朝日新聞</p>
<p>神奈川県の東川悦子さん(86)の長男（58）は25歳だった1993年、交通事故にあった。意識不明で、50日間生死の境をさまよった。やがて意識が回復し、退院したが、新しいことを記憶できず、感情を制御できないなど、以前とは様子が違う。復職もできず、自暴自棄になる長男を前に、どうすることもできない毎日だった。</p>
<p>病気や事故など脳が傷つき、記憶などに支障が出る「高次脳機能障害」。当時、医療現場ではこの言葉が使われていたが、正式な診断名ではなかった。身体障害を伴わないため、障害者手帳を取得できず、支援を受けられなかった。</p>
<p>救命救急の医療体制が進み、助かる命は増えた。後遺障害を抱えながら苦しんでいる人は増えているのではないか。東川さんは医師に疑問をぶつけた。「息子のような患者はたくさんいるだろうに、どうして当事者や家族を支える会がないのですか？」すると医師は言った。「やってください、必要は感じているけど旗を振ってくれる人がいないのです」</p>
<p>高次脳機能障害とともに生きる人は、国内で少なくとも約23万人と推計される。今年4月、こうした人たちを支援する「高次脳機能障害者支援法」が施行された。法制化への活動は30年ほど前、親たちの声から始まった。</p>
<p>1997年、神奈川県内に当事者と家族の会が発足。同じころ名古屋でも親たちが中心となり、会が立ち上がった。1998年、日本で初めてのシンポジウムが開かれ、2000年には各地の会が集まり、全国組織となる「日本脳外傷友の会」が発足。理事長に就いた東川さんは厚生省(当時)にも出向き、実態調査と支援事業の実施を求めた。</p>
<p>高次脳機能障害は今も、社会に広く知られているとは言えない。「支援法はできたが課題は多い。これからが本番です」会の名称も「日本高次脳機能障害友の会」となった。現理事長の片岡保憲さん₍48₎は支援法を実現させるために奔走してきた。「中途障害である高次脳機能障害は、誰もが当事者になりうる。そのときに、支援も理解も不十分でいいのか。この問いを社会に広げたい。自分事にたぐり寄せる想像力を持ってほしい。支援法がそのきっかけになれば、と願っている」</p>
<p>＊このほか、「自立手助け 職場や学校に役割」、「いちからわかる！高次脳機能障害とは？」、「忘れても 何度もうなづきあえる場所」当事者カフェ、の記事が掲載されてる</p>
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		<title>皆が笑えるノーマライゼーション</title>
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		<pubDate>Sat, 20 Jun 2026 02:39:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年5月30日 「週刊ヤングマガジン」(講談社)に連載中の漫画「ローワライ」が話題だ。主人公の大学生は聴覚障害があるろうあ者。聞こえる人と組んで漫才の道を進むストーリーだ。「ノーマライゼーション」の新しい形を、漫画を通して考えてみた。 手話を見た女性から障害をバカにされ、怒りをぶちまける主人公・平里。学生バイトの手話通訳者・嶋から、お笑い芸人になれば怒りも何もかも全部、人を笑わせるエネルギーになる、と誘われる。平里は「笑われるんは嫌や」「全員の口、開かせたる」と応じ、2人は漫才師として歩み始める。 障害者が主人公のドラマや作品は少なくないが、ともすれば障害は「感動」をいざなうための装置になりがちだ。著者・雪野朝哉さんは「平里はいかつい大学生。『聞こえないこと』が普通で、『当たり前』。等身大のひとりの人間として、日常をコメディーとして見せたい」と話す。親友の家族が聴覚障害者だった。アルバイトで聞こえにくい子どもと出会ったりする中で「自分たちなりに考え、工夫し、楽しく生きている。変に同情したり、過度にかまったりするのは失礼なこと」と思うようになった。 「漫画でできないものは何だろう」と考え、「どう頑張っても漫画から音は聞こえてこない」ことに着眼。「主人公も音が聞こえない設定にすれば、読者は主人公とよりリンクして読める」とひらめいた。 「ノーマライゼーション」とは、社会的マイノリティーがほかの人たちと同じように暮らせる社会をめざそうという理念だ。保護や支援のための特別な制度やサービスを作るのではなく、障害の有無にかかわらずだれもが暮らしやすい環境を作る方に主眼がある。 「ローワライ」は漫才と「聞こえない」を組み合わせ、漫画という2次元の中に、誰もが「笑える」世界を作り出した。雪野さんは「おカタい話でもヒューマンドラマでもなく、あくまでもコメディー。楽しく読めて、生活の中でプラスの気持ちになるための一部になれればうれしい」と連載を続ける。 お涙ちょうだいじゃないのがいい　監修 全日本ろうあ連盟 連盟の山根昭次さん₍70₎と兵頭毅さん(68)を訪ねた。ろう者や障害をマイナスと捉えていない点に感心したという。「ろう者ならではの笑いの個性が発揮できていて、聞こえない人も聞こえる人も楽しめる。それぞれの文化を融合させた漫画だと思った」「お涙ちょうだい、感動モノというところが全くない。人権もさらっと触れる、そこがいい」と話す。 手話は、ろうあ連盟が出している「わたしたちの手話　学習辞典」をもとに書いてもらうが、辞典に乗っていない言葉が出てくる。2人で相談し、動画にとって雪野さんに送っている。兵頭さんは、「わたしたちの年代だと、漫才や落語は『縁がないもの』だった。昔はテレビの字幕もなかったから内容がわからない、だから興味もわかなかった」という。時代は移り、漫才や演劇で手話通訳などをつける公演も増えてきた。若い世代は聞こえる人たちとの交流も多いという。「ローワライ」のフリップを使った漫才の場面も気に入っている。「聞こえないとか、聞こえるとかに関係なく漫才ができる。それが一番いい。新しい発想だ。とても期待している」]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年5月30日</p>
<p>「週刊ヤングマガジン」(講談社)に連載中の漫画「ローワライ」が話題だ。主人公の大学生は聴覚障害があるろうあ者。聞こえる人と組んで漫才の道を進むストーリーだ。「ノーマライゼーション」の新しい形を、漫画を通して考えてみた。</p>
<p>手話を見た女性から障害をバカにされ、怒りをぶちまける主人公・平里。学生バイトの手話通訳者・嶋から、お笑い芸人になれば怒りも何もかも全部、人を笑わせるエネルギーになる、と誘われる。平里は「笑われるんは嫌や」「全員の口、開かせたる」と応じ、2人は漫才師として歩み始める。</p>
<p>障害者が主人公のドラマや作品は少なくないが、ともすれば障害は「感動」をいざなうための装置になりがちだ。著者・雪野朝哉さんは「平里はいかつい大学生。『聞こえないこと』が普通で、『当たり前』。等身大のひとりの人間として、日常をコメディーとして見せたい」と話す。親友の家族が聴覚障害者だった。アルバイトで聞こえにくい子どもと出会ったりする中で「自分たちなりに考え、工夫し、楽しく生きている。変に同情したり、過度にかまったりするのは失礼なこと」と思うようになった。</p>
<p>「漫画でできないものは何だろう」と考え、「どう頑張っても漫画から音は聞こえてこない」ことに着眼。「主人公も音が聞こえない設定にすれば、読者は主人公とよりリンクして読める」とひらめいた。</p>
<p>「ノーマライゼーション」とは、社会的マイノリティーがほかの人たちと同じように暮らせる社会をめざそうという理念だ。保護や支援のための特別な制度やサービスを作るのではなく、障害の有無にかかわらずだれもが暮らしやすい環境を作る方に主眼がある。</p>
<p>「ローワライ」は漫才と「聞こえない」を組み合わせ、漫画という2次元の中に、誰もが「笑える」世界を作り出した。雪野さんは「おカタい話でもヒューマンドラマでもなく、あくまでもコメディー。楽しく読めて、生活の中でプラスの気持ちになるための一部になれればうれしい」と連載を続ける。</p>
<p><strong>お涙ちょうだいじゃないのがいい　監修 全日本ろうあ連盟</strong><br />
連盟の山根昭次さん₍70₎と兵頭毅さん(68)を訪ねた。ろう者や障害をマイナスと捉えていない点に感心したという。「ろう者ならではの笑いの個性が発揮できていて、聞こえない人も聞こえる人も楽しめる。それぞれの文化を融合させた漫画だと思った」「お涙ちょうだい、感動モノというところが全くない。人権もさらっと触れる、そこがいい」と話す。</p>
<p>手話は、ろうあ連盟が出している「わたしたちの手話　学習辞典」をもとに書いてもらうが、辞典に乗っていない言葉が出てくる。2人で相談し、動画にとって雪野さんに送っている。兵頭さんは、「わたしたちの年代だと、漫才や落語は『縁がないもの』だった。昔はテレビの字幕もなかったから内容がわからない、だから興味もわかなかった」という。時代は移り、漫才や演劇で手話通訳などをつける公演も増えてきた。若い世代は聞こえる人たちとの交流も多いという。「ローワライ」のフリップを使った漫才の場面も気に入っている。「聞こえないとか、聞こえるとかに関係なく漫才ができる。それが一番いい。新しい発想だ。とても期待している」</p>
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		<title>2025年度事業報告</title>
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		<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 12:11:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[2025年度事業報告 ■言語聴覚障害者の人権擁護、社会参加に関する調査・研究事業 ○第51回日本コミュニケーション障害学会学術講演会（熊本市）において一般演題「失語症者によるスマホ音声文字変換アプリの利用状況について」を発表した。 ■言語聴覚障害に関する情報発信、情報交換事業 ○ニュースレター60、61号を発行し、活動を報告すると共に様々な情報を発信した。 ○障害者をめぐる社会の動きをホームページ上の「情報ファイル」で発信した。 ■障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく地域生活支援事業 ○地域活動支援センター「すももクラブ」は大阪市をはじめ、大阪府下10市1町、兵庫県下6市、京都府下1市と委託契約を結んだ。利用登録者は64名であった。 ・利用者の創作活動の成果を各種展覧会へ出展・応募した。 ・利用者・家族の親睦を図る行事を実施した。 ・様々な機会に活動内容を広報した。 ■児童福祉法に基づく児童発達支援事業、放課後等デイサービス事業、保育所等訪問支援事業 ○「ひなたぼっこ」は開業10年目を迎え、今年度の利用登録者は約80名であった。 児童発達支援と放課後等デイサービスの定員は、合わせて1日15名であるが、今年度の利 用数は延べ2.572人、1日平均10.8人だった。保育所等訪問支援は2人（41回）だった。 ○本事業は、2026年度から一般社団法人CAN（キャン）に譲渡する。 ■その他 ○様々な機会を利用して広報活動を行い、会員獲得に努めた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2025年度事業報告</p>
<p>■言語聴覚障害者の人権擁護、社会参加に関する調査・研究事業</p>
<p>○第51回日本コミュニケーション障害学会学術講演会（熊本市）において一般演題「失語症者によるスマホ音声文字変換アプリの利用状況について」を発表した。</p>
<p>■言語聴覚障害に関する情報発信、情報交換事業</p>
<p>○ニュースレター60、61号を発行し、活動を報告すると共に様々な情報を発信した。</p>
<p>○障害者をめぐる社会の動きをホームページ上の「情報ファイル」で発信した。</p>
<p>■障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく地域生活支援事業</p>
<p>○地域活動支援センター「すももクラブ」は大阪市をはじめ、大阪府下10市1町、兵庫県下6市、京都府下1市と委託契約を結んだ。利用登録者は64名であった。</p>
<p>・利用者の創作活動の成果を各種展覧会へ出展・応募した。</p>
<p>・利用者・家族の親睦を図る行事を実施した。</p>
<p>・様々な機会に活動内容を広報した。</p>
<p>■児童福祉法に基づく児童発達支援事業、放課後等デイサービス事業、保育所等訪問支援事業</p>
<p>○「ひなたぼっこ」は開業10年目を迎え、今年度の利用登録者は約80名であった。</p>
<p>児童発達支援と放課後等デイサービスの定員は、合わせて1日15名であるが、今年度の利</p>
<p>用数は延べ2.572人、1日平均10.8人だった。保育所等訪問支援は2人（41回）だった。</p>
<p>○本事業は、2026年度から一般社団法人CAN（キャン）に譲渡する。</p>
<p>■その他</p>
<p>○様々な機会を利用して広報活動を行い、会員獲得に努めた。<strong></strong></p>
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		<title>2025年度活動計算書と貸借対照表</title>
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		<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 10:21:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[活動報告]]></category>

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		<description><![CDATA[ホームページ最下段「活動計算書と貸借対照表」からご覧ください]]></description>
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