<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>障害者の社会参加を支援するコミュニケーション・アシスト・ネットワーク(ＣＡＮ) &#187; 情報ファイル</title>
	<atom:link href="http://www.we-can.or.jp/?cat=9&#038;feed=rss2" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.we-can.or.jp</link>
	<description>言語聴覚障害者の社会参加を支援します。</description>
	<lastBuildDate>Fri, 20 Mar 2026 07:56:10 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.0.4</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/?cat=9&amp;feed=rss2" />
		<item>
		<title>「特別」なら許されるマイノリティー</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3427/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3427/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Mar 2026 07:56:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3427/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年2月17日 〈寄稿〉近藤銀河さん（アーティスト） 高市早苗首相のSNSの投稿は衝撃的だった。彼女の夫のために公邸がバリアフリーに改装された、という報道を受け、それを否定し「仮に貴重な税金を使って改修工事をする必要があるのであれば、私たちは公邸に引っ越しません」としていた。健常者に対して気を使い、マイノリティーが堂々と主張できるはずの（けれど批判を浴びる）権利を引っ込める姿勢は、私の日常で選びたくないのに繰り返し浮かび上がってくる選択肢だった。それを政治のトップが口にしている。 外出に車いすを使っているとたくさんの善意に出会うけれど、時には善意を断らないと自分を守れないことがある。よく遭遇する例が、長い階段で「背負ったり車いすを運んだりできるよ！」という申し出だ。運んでもらったり、背負ってもらったりすることは強い身体的労作を伴う。車いすだけ運んでもらって、自分は時間をかけて這うように登らないといけないこともある。そうした善意を受け入れた後、私は人知れず数日、時には1週間ほど倒れこむ。そしていつも悩む。取れば自分が痛みを背負うことになる、差し伸べられた　優しい手をどうすればいいのかと。悩むのは怖いからでもある。断ればその人はもう自分を相手にしなくなるのではないか、社会からパージされていくのではないか、と。 あるいは、自分が行かないだろう会議が階段を上らないと到達できない場所で開かれるのを知った時。出席しないのだから何も言わなければいいのかもしれない。私の権利にも傷にも蓋をして無視しよう。でもそれでは主催者たちの意識は変わらない。あとに続く人がまた苦労する。どうしよう。 マイノリティーはこうした場面に何度も直面し、何度も悩む。そして、社会はこうした悩みに冷たい。高市氏の投稿はそれを象徴し、社会のあり方を思い出させてくれる。強く支持される政治家が示すマイノリティーの姿は、マイノリティー性以外では徹底的に規範に従順な姿だ。それは明白なメッセージとなる。「あの人は○○だけど、他の○○とは違い、特別だからいいんだよ」と言われるような存在。マイノリティーはそれを目指して努力せよ、と。 私もそうした声に日々、従おうとしてしまい、そんな自分に愕然とする。なぜそんなに健常者と同じように振る舞おうとしているのか。マジョリティーにとってあるべき姿を守るマイノリティーになるのか、そこから動き出してさらに社会の規定から外れた「マイノリティーの中のマイノリティー」になるのか。私はいつも悩んでいる。健常者が想像する障害者増の内側に踏みとどまる限り、私は迷惑をかけないから許される存在としてのみ許容される。「何も気にしなくていいです。大丈夫です」と言い続ける限り合理的な調整はなされない。後に続く人もまた苦しむことになる。だから、いつも吐きそうになりながら少しだけの勇気を出して、物申したり出来ないと断ったりする。頑張らないで社会に存在するために頑張る。なんてむごい矛盾だろう。でも特別でなくても生きられるために今はそうするしかないと歯を食いしばる。 荒れ野のような選挙が終わった。「特別な」マイノリティーは圧倒的な支持を受け、マイノリティーの葛藤に行き場はなく、いやそもそも選挙の枠組みの中にさえ入っていなかった。同性婚を否定し、発達障害の存在を否定し、外国人を排斥する政治家たちに、無視され、時に実態とかけ離れた戦いに引きずり出され、見せ物にされただけだった。それは政治的争点でさえない。こうやって支持された政治家によって、法律が作られ、政策が進められてゆく。私は葛藤しながら、悩みながら、つらいけど勇気を出して「マイノリティーの中のマイノリティー」になって、より一層はみ出していくのだ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年2月17日</p>
<p>〈寄稿〉近藤銀河さん（アーティスト）</p>
<p>高市早苗首相のSNSの投稿は衝撃的だった。彼女の夫のために公邸がバリアフリーに改装された、という報道を受け、それを否定し「仮に貴重な税金を使って改修工事をする必要があるのであれば、私たちは公邸に引っ越しません」としていた。健常者に対して気を使い、マイノリティーが堂々と主張できるはずの（けれど批判を浴びる）権利を引っ込める姿勢は、私の日常で選びたくないのに繰り返し浮かび上がってくる選択肢だった。それを政治のトップが口にしている。</p>
<p>外出に車いすを使っているとたくさんの善意に出会うけれど、時には善意を断らないと自分を守れないことがある。よく遭遇する例が、長い階段で「背負ったり車いすを運んだりできるよ！」という申し出だ。運んでもらったり、背負ってもらったりすることは強い身体的労作を伴う。車いすだけ運んでもらって、自分は時間をかけて這うように登らないといけないこともある。そうした善意を受け入れた後、私は人知れず数日、時には1週間ほど倒れこむ。そしていつも悩む。取れば自分が痛みを背負うことになる、差し伸べられた　優しい手をどうすればいいのかと。悩むのは怖いからでもある。断ればその人はもう自分を相手にしなくなるのではないか、社会からパージされていくのではないか、と。</p>
<p>あるいは、自分が行かないだろう会議が階段を上らないと到達できない場所で開かれるのを知った時。出席しないのだから何も言わなければいいのかもしれない。私の権利にも傷にも蓋をして無視しよう。でもそれでは主催者たちの意識は変わらない。あとに続く人がまた苦労する。どうしよう。</p>
<p>マイノリティーはこうした場面に何度も直面し、何度も悩む。そして、社会はこうした悩みに冷たい。高市氏の投稿はそれを象徴し、社会のあり方を思い出させてくれる。強く支持される政治家が示すマイノリティーの姿は、マイノリティー性以外では徹底的に規範に従順な姿だ。それは明白なメッセージとなる。「あの人は○○だけど、他の○○とは違い、特別だからいいんだよ」と言われるような存在。マイノリティーはそれを目指して努力せよ、と。</p>
<p>私もそうした声に日々、従おうとしてしまい、そんな自分に愕然とする。なぜそんなに健常者と同じように振る舞おうとしているのか。マジョリティーにとってあるべき姿を守るマイノリティーになるのか、そこから動き出してさらに社会の規定から外れた「マイノリティーの中のマイノリティー」になるのか。私はいつも悩んでいる。健常者が想像する障害者増の内側に踏みとどまる限り、私は迷惑をかけないから許される存在としてのみ許容される。「何も気にしなくていいです。大丈夫です」と言い続ける限り合理的な調整はなされない。後に続く人もまた苦しむことになる。だから、いつも吐きそうになりながら少しだけの勇気を出して、物申したり出来ないと断ったりする。頑張らないで社会に存在するために頑張る。なんてむごい矛盾だろう。でも特別でなくても生きられるために今はそうするしかないと歯を食いしばる。</p>
<p>荒れ野のような選挙が終わった。「特別な」マイノリティーは圧倒的な支持を受け、マイノリティーの葛藤に行き場はなく、いやそもそも選挙の枠組みの中にさえ入っていなかった。同性婚を否定し、発達障害の存在を否定し、外国人を排斥する政治家たちに、無視され、時に実態とかけ離れた戦いに引きずり出され、見せ物にされただけだった。それは政治的争点でさえない。こうやって支持された政治家によって、法律が作られ、政策が進められてゆく。私は葛藤しながら、悩みながら、つらいけど勇気を出して「マイノリティーの中のマイノリティー」になって、より一層はみ出していくのだ。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3427</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3427/" />
	</item>
		<item>
		<title>ひと　書体もユニバーサルに　UDデジタル教科書体を開発した　高田裕美さん</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3425/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3425/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Mar 2026 06:38:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3425/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年2月17日 弱視や読み書き障害がある子どもの読みやすさを追求した書体を開発した。Windowsの標準フォントにもなり、学校現場を中心に広く使われる。 美大卒業後書体デザイン会社へ。2006年にUDフォントの開発を始めて1年後、意見を求めた研究者に「当事者から話を聞いていますか？」と指摘された。様々な見えにくさのある人がいる現場をまわった。 線の細い部分が見えにくく、文字全体を捉えにくい子がいる。ゴシック体には手書きと異なる文字がある。例えば「山」は3画だが4画に見える。先生が修正液で直していた。世の中には多くの書体があるのに、「社会の穴」だと思った。 描く際にお手本となり、読みやすい書体をめざし、試作開始から8年後にリリースした。ある子どもの「これなら読める。俺、バカじゃなかったんだ」という発言を伝え聞き、胸が熱くなった。 昨秋、小学生向けに「私は書体デザイナー」を出した。「普段目にしている書体から、多様な人々の存在を知ってほしい」。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年2月17日</p>
<p>弱視や読み書き障害がある子どもの読みやすさを追求した書体を開発した。Windowsの標準フォントにもなり、学校現場を中心に広く使われる。</p>
<p>美大卒業後書体デザイン会社へ。2006年にUDフォントの開発を始めて1年後、意見を求めた研究者に「当事者から話を聞いていますか？」と指摘された。様々な見えにくさのある人がいる現場をまわった。</p>
<p>線の細い部分が見えにくく、文字全体を捉えにくい子がいる。ゴシック体には手書きと異なる文字がある。例えば「山」は3画だが4画に見える。先生が修正液で直していた。世の中には多くの書体があるのに、「社会の穴」だと思った。</p>
<p>描く際にお手本となり、読みやすい書体をめざし、試作開始から8年後にリリースした。ある子どもの「これなら読める。俺、バカじゃなかったんだ」という発言を伝え聞き、胸が熱くなった。</p>
<p>昨秋、小学生向けに「私は書体デザイナー」を出した。「普段目にしている書体から、多様な人々の存在を知ってほしい」。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3425</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3425/" />
	</item>
		<item>
		<title>就業制限、全員「違憲」　障害者差別ない社会へ</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3423/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3423/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 04:39:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3423/</guid>
		<description><![CDATA[毎日新聞　2026年2月19日 旧警備業法の就業制限規定をめぐる18日の最高裁大法廷判決は、障害を理由とした差別の禁止を明確化するようになった社会の変化を重視し、違憲判断を導いた。 大法廷で問われたのは、誰もが差別されることなく暮らせる社会を目指す「ノーマライゼーション」の理念だ。国連は1981年を「国際障害者年」と宣言し、障害者の社会への完全参加と平等をうたった。だが、日本では1982年警備業法が改正され、成年後見の前身の「禁治産制度」の利用者に対して就業制限規定が盛り込まれた。 他にも障害を理由に資格や許可を与えない「欠格条項」は多くの法律に存在した。障害者が声を上げ、国は2000年代に入り、医師免許など約60制度で欠格条項を撤廃した。ただし、成年後見制度利用者の就業を制限した規定は100以上の法律に残ったままだった。国連は2006年に「障害者権利条約」を採択、条約に署名した日本は障害者差別解消法の制定（2016年施行）や障害者雇用促進法の改正で国内法の整備に取り組んだ。2014年に条約を批准し、国内でもノーマライゼーションの理念が浸透していった。 大法廷はこうした歴史的経緯に沿って就業制限の違憲性を判断した。規定が設けられた1982年は警備活動領域拡大に伴い、業務の適正化を図る必要があったと指摘、警備業には様々な事象に臨機応変に対応する能力が求められることから、当時の状況下では相応の合理性があったとした。だが、条約署名後国内法整備などを通じて「障害者の権利のあり方が大きく変容することになった」と言及。原告団性が退職した2017年3月までに既定の合理性は失われ、憲法22条「職業選択の自由」と14条「法の下の平等」に違反したとの結論を導いた。裁判官全15人が一致したことで重みのある司法判断となった。 一方、1，2審が認めた国が法律改廃を怠った立法不作為については、判断を一転させた。これに対し、5人の裁判官は反対意見で国会には立法不作為が認められ、賠償金を支払うべきだとした。 原告団性は「障害があろうがなかろうが、できることはできる。知高裁が違憲と認めたのはうれしい」と語った。男性には軽度の知的障害があるものの、業務で判断ミスをし事故を起こしたことはなかった。社会に出て働くことや会社からの信頼に喜びを感じていた。デイ年後見制度を利用したのは、親族が勝手に預金を引き出していたからだが、会社からは当時の規定を理由に雇用契約の終了を告げられた。弁護団は、国の賠償責任が否定されたことに不満は見せつつ、「判決は障害者に対する過剰な権利侵害を指摘し、個人の能力を尊重する後押しになる」と一定の評価を示した。熊田均弁護士は「（改正後の法律の）運用をしっかりチェックしていく必要がある」と指摘した。 国の障害者施策委員会のメンバーを務めた専修大の棟居快行教授(憲法学)は、最高裁が障害者を取り巻く状況の変化を細かく検討したことを評価する一方で、障害者に対する政策の遅れや国民の理解が醸成されていなかったことが国の賠償責任否定につながったと指摘。「明確に違憲としたことには意義があるが、賠償責任が否定されたことで、障害者が逆にツケを払わされたとも読める。判決は社会が障害者とどのように向き合うかを投げかけており、一人ひとりが考える契機とすべきだ」と話した。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>毎日新聞　2026年2月19日</p>
<p>旧警備業法の就業制限規定をめぐる18日の最高裁大法廷判決は、障害を理由とした差別の禁止を明確化するようになった社会の変化を重視し、違憲判断を導いた。</p>
<p>大法廷で問われたのは、誰もが差別されることなく暮らせる社会を目指す「ノーマライゼーション」の理念だ。国連は1981年を「国際障害者年」と宣言し、障害者の社会への完全参加と平等をうたった。だが、日本では1982年警備業法が改正され、成年後見の前身の「禁治産制度」の利用者に対して就業制限規定が盛り込まれた。</p>
<p>他にも障害を理由に資格や許可を与えない「欠格条項」は多くの法律に存在した。障害者が声を上げ、国は2000年代に入り、医師免許など約60制度で欠格条項を撤廃した。ただし、成年後見制度利用者の就業を制限した規定は100以上の法律に残ったままだった。国連は2006年に「障害者権利条約」を採択、条約に署名した日本は障害者差別解消法の制定（2016年施行）や障害者雇用促進法の改正で国内法の整備に取り組んだ。2014年に条約を批准し、国内でもノーマライゼーションの理念が浸透していった。</p>
<p>大法廷はこうした歴史的経緯に沿って就業制限の違憲性を判断した。規定が設けられた1982年は警備活動領域拡大に伴い、業務の適正化を図る必要があったと指摘、警備業には様々な事象に臨機応変に対応する能力が求められることから、当時の状況下では相応の合理性があったとした。だが、条約署名後国内法整備などを通じて「障害者の権利のあり方が大きく変容することになった」と言及。原告団性が退職した2017年3月までに既定の合理性は失われ、憲法22条「職業選択の自由」と14条「法の下の平等」に違反したとの結論を導いた。裁判官全15人が一致したことで重みのある司法判断となった。</p>
<p>一方、1，2審が認めた国が法律改廃を怠った立法不作為については、判断を一転させた。これに対し、5人の裁判官は反対意見で国会には立法不作為が認められ、賠償金を支払うべきだとした。</p>
<p>原告団性は「障害があろうがなかろうが、できることはできる。知高裁が違憲と認めたのはうれしい」と語った。男性には軽度の知的障害があるものの、業務で判断ミスをし事故を起こしたことはなかった。社会に出て働くことや会社からの信頼に喜びを感じていた。デイ年後見制度を利用したのは、親族が勝手に預金を引き出していたからだが、会社からは当時の規定を理由に雇用契約の終了を告げられた。弁護団は、国の賠償責任が否定されたことに不満は見せつつ、「判決は障害者に対する過剰な権利侵害を指摘し、個人の能力を尊重する後押しになる」と一定の評価を示した。熊田均弁護士は「（改正後の法律の）運用をしっかりチェックしていく必要がある」と指摘した。</p>
<p>国の障害者施策委員会のメンバーを務めた専修大の棟居快行教授(憲法学)は、最高裁が障害者を取り巻く状況の変化を細かく検討したことを評価する一方で、障害者に対する政策の遅れや国民の理解が醸成されていなかったことが国の賠償責任否定につながったと指摘。「明確に違憲としたことには意義があるが、賠償責任が否定されたことで、障害者が逆にツケを払わされたとも読める。判決は社会が障害者とどのように向き合うかを投げかけており、一人ひとりが考える契機とすべきだ」と話した。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3423</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3423/" />
	</item>
		<item>
		<title>後見利用で失職 どう判断　「欠格条項」最高裁18日判決</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3421/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3421/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 01:36:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3421/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　　2026年2月16日 「成年後見制度」を使う人は、警備業の仕事に就けない。警備業法の「欠格条項」により、職を失った岐阜県の30代男性が国を訴えた訴訟で、最高裁大法廷が18日に判決を言い渡す。 1月14日、最高裁の裁判官15人が並ぶ大法廷の弁論で、男性は「仕事を辞めなければいけないのはおかしいし、腹が立つ」と訴えた。男性には軽度の知的障害がある。2014年から警備会社で交通誘導などの仕事を始め、やりがいを感じていた。しかし、先々の財産管理のために2017年、成年後見制度の「保佐人」をつけたところ、退職を強いられた。 自分と同じような人がいるはず、男性は福祉サービスの関係者を通して弁護士に相談し、国に100万円の賠償を求めて提訴した。2019年には警備業法のほか国家公務員法など約180の法律に遭った欠格条項が削除されたが、男性は国の責任を明らかにしたいと裁判を続けた。 岐阜地裁は2021年、欠格条項は違憲と判断、国に10万円の賠償を命じた。名古屋高裁も2022年に違憲と認め、賠償額を50万円に増額した。国が上告した。 男性側は、欠格条項は憲法22条が保証する「職業選択の自由」や14条の「法の下に平等」に反すると主張してきた。国側は、人の命や財産を守る警備業に就く人には適切に判断できる能力が必要なため「規制は合理性がある」と反論し、憲法違反ではないと訴える。 国が賠償責任を認めるかも焦点だ。男性側は、国会には長期にわたり憲法違反の欠格条項を放置した「立法不作為」の責任があると主張。国側は、条項の違憲性は明白といえず、必要な法改正も怠っていないとして賠償責任はないと訴えた。欠格条項が違憲とされれば、最高裁が法令の規定を違憲と判断した戦後14件目となる。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　　2026年2月16日</p>
<p>「成年後見制度」を使う人は、警備業の仕事に就けない。警備業法の「欠格条項」により、職を失った岐阜県の30代男性が国を訴えた訴訟で、最高裁大法廷が18日に判決を言い渡す。</p>
<p>1月14日、最高裁の裁判官15人が並ぶ大法廷の弁論で、男性は「仕事を辞めなければいけないのはおかしいし、腹が立つ」と訴えた。男性には軽度の知的障害がある。2014年から警備会社で交通誘導などの仕事を始め、やりがいを感じていた。しかし、先々の財産管理のために2017年、成年後見制度の「保佐人」をつけたところ、退職を強いられた。</p>
<p>自分と同じような人がいるはず、男性は福祉サービスの関係者を通して弁護士に相談し、国に100万円の賠償を求めて提訴した。2019年には警備業法のほか国家公務員法など約180の法律に遭った欠格条項が削除されたが、男性は国の責任を明らかにしたいと裁判を続けた。</p>
<p>岐阜地裁は2021年、欠格条項は違憲と判断、国に10万円の賠償を命じた。名古屋高裁も2022年に違憲と認め、賠償額を50万円に増額した。国が上告した。</p>
<p>男性側は、欠格条項は憲法22条が保証する「職業選択の自由」や14条の「法の下に平等」に反すると主張してきた。国側は、人の命や財産を守る警備業に就く人には適切に判断できる能力が必要なため「規制は合理性がある」と反論し、憲法違反ではないと訴える。</p>
<p>国が賠償責任を認めるかも焦点だ。男性側は、国会には長期にわたり憲法違反の欠格条項を放置した「立法不作為」の責任があると主張。国側は、条項の違憲性は明白といえず、必要な法改正も怠っていないとして賠償責任はないと訴えた。欠格条項が違憲とされれば、最高裁が法令の規定を違憲と判断した戦後14件目となる。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3421</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3421/" />
	</item>
		<item>
		<title>「誰でも使える機能」人権の一部</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3418/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3418/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 01:14:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3418/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　20026年2月16日 身近にあふれるアップル製品。その誕生の歩みには「アクセシビリティー」と総称される目や耳、体が不自由な人でも使いやすくする機能開発の歴史もあった。設計思想はどう紡がれてきたのか、同社担当幹部のサラ・ハーリンガーさんに聞いた。 ある従業員のアイデアが故スティーブ・ジョブズ氏に持ち込まれ、アクセシビリティー担当チームが始まった。 デスクトップパソコンのマッキントッシュが出た1984年ごろ、障がいはすべての人にとって最優先事項ではなかったかもしれないが、開発陣は当事者にとって大切なことだと理解していた。アップル製品を使って、誰もが自分のやりたいことをして、夢を実現できる力を持っていただけるようにしたい、という思いがあった。 1987年、障がいがある方を支援するための機能を初めて基本ソフトに組み込んだ。何が標準機能として役立つか模索していた。2005年、マッキントッシュに、画面の文字を読み上げる機能「ボイスオーバー」を組み込んだ。それまでは視覚障がい者がコンピューターを操作するには別製品が必要で、追加費用がかかり、設定を誰かに手伝ってもらうなどの手間もかかった。ボイスオーバー搭載によって、コンピューターを購入しさえすれば、ボタンを押すだけでそのまま起動できるようになった。2009年、その機能をアイフォーンなどの端末向け基本ソフトに搭載したことは画期的だった。 望む未来は、世界中での「ノーマライゼーション（障がいの当たり前化）」だ。障がいのある方々にも同じように機会を与えること、テクノロジーが妨げではなく助けになることを願っている。アクセシビリティ－は基本的人権の一部であり、世界への提供方法の一部として確実に組み込むようにしたい。変化し続けるテクノロジーを、私たちが取り組む一つ一つの中核へといかに組み込み、構築し続けていくか。それが重要になる。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　20026年2月16日</p>
<p>身近にあふれるアップル製品。その誕生の歩みには「アクセシビリティー」と総称される目や耳、体が不自由な人でも使いやすくする機能開発の歴史もあった。設計思想はどう紡がれてきたのか、同社担当幹部のサラ・ハーリンガーさんに聞いた。</p>
<p>ある従業員のアイデアが故スティーブ・ジョブズ氏に持ち込まれ、アクセシビリティー担当チームが始まった。</p>
<p>デスクトップパソコンのマッキントッシュが出た1984年ごろ、障がいはすべての人にとって最優先事項ではなかったかもしれないが、開発陣は当事者にとって大切なことだと理解していた。アップル製品を使って、誰もが自分のやりたいことをして、夢を実現できる力を持っていただけるようにしたい、という思いがあった。</p>
<p>1987年、障がいがある方を支援するための機能を初めて基本ソフトに組み込んだ。何が標準機能として役立つか模索していた。2005年、マッキントッシュに、画面の文字を読み上げる機能「ボイスオーバー」を組み込んだ。それまでは視覚障がい者がコンピューターを操作するには別製品が必要で、追加費用がかかり、設定を誰かに手伝ってもらうなどの手間もかかった。ボイスオーバー搭載によって、コンピューターを購入しさえすれば、ボタンを押すだけでそのまま起動できるようになった。2009年、その機能をアイフォーンなどの端末向け基本ソフトに搭載したことは画期的だった。</p>
<p>望む未来は、世界中での「ノーマライゼーション（障がいの当たり前化）」だ。障がいのある方々にも同じように機会を与えること、テクノロジーが妨げではなく助けになることを願っている。アクセシビリティ－は基本的人権の一部であり、世界への提供方法の一部として確実に組み込むようにしたい。変化し続けるテクノロジーを、私たちが取り組む一つ一つの中核へといかに組み込み、構築し続けていくか。それが重要になる。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3418</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3418/" />
	</item>
		<item>
		<title>聴力障害者支援に賞</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3416/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3416/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 00:33:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3416/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年2月15日 大阪弁護士会は、近畿を中心に人権擁護活動に取り組む団体に贈る「第25回人権賞」に、公益社団法人「大阪聴力障害者協会」を選んだ。手話通訳者の派遣や養成、裁判の支援などを通じ、同協会が聞こえない人たちの生活の権利を100年以上にわたり守ってきた点が評価された。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年2月15日</p>
<p>大阪弁護士会は、近畿を中心に人権擁護活動に取り組む団体に贈る「第25回人権賞」に、公益社団法人「大阪聴力障害者協会」を選んだ。手話通訳者の派遣や養成、裁判の支援などを通じ、同協会が聞こえない人たちの生活の権利を100年以上にわたり守ってきた点が評価された。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3416</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3416/" />
	</item>
		<item>
		<title>雪・短期、障害者の投票に壁　「車いす、物理的に行けない」　衆院選</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3413/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3413/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 07 Feb 2026 12:35:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3413/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年2月3日 障害がある人たちには「投票に行きたくても行けない、行きづらい」と感じてしまう「投票の壁」がある。今回の衆院選は真冬で、解散から投開票までは戦後最短の16日間となり、この壁がさらに高くなっている。難病・脊髄性筋萎縮症で、札幌市に住む竹田保さん₍65₎は「難しいとは思っていたが、選挙が始まってみると厳しさが強まった」と打ち明ける。市内では雪が続き、除雪された雪は2階まで迫る。歩道や駐車場も真っ白で、電動車いすを利用した外出は制約を受ける。竹田さん自身は神経を使いながら車いすを操作し、投票所の係員に簡易スロープで雪を覆ってもらい投票したが、仲間からは「今回は無理だね」という声が寄せられているという。高市首相は解散表明の会見で、「雪国の皆様には大変なご足労をいただく」と述べたが、竹田さんは「『行きづらい』のではなく、物理的に『行けない』人がいることも考えてほしい」と話す。 短期決戦は、投票のための情報収集にも影を落としている。 特別支援学校高等部を卒業した知的障害のある生徒らが、社会に出る準備をするための福祉型専攻科・大学「ユースコラ鹿児島」では、選挙のたびに投票方法や各党の政策の違いを学ぶ学習会を開いてきた。しかし、今回は選挙が決まった時点で、1月の授業スケジュールは組み終えていた。学園長の西園健三さん₍64₎は「これまでは各政党の政策や障害者団体がまとめた情報などを取り寄せて、丁寧に準備してきたのに」と頭を抱えたが、職員会議で話し合い、何とか2月3日に学習会を設けることにした。それでも懸念は残る。人混みが苦手な学生は、比較的人の少ない期日前投票を利用するが、3日の学習会後では日が限られ投票できないかもしれない。西園さんは「突発的な選挙は、障害を持つ人々が政治参加する機会や、生活や雇用環境をよくしたいと考える権利を奪うことにもつながる」と訴える。 障害者らが投票しやすいよう環境整備を求め、日本障害者協議会は1月20日、障害者の投票に関する要望書を総務省に提出した。昨夏の参院選後の「投票バリアフリー実態調査」への回答を踏まえ、「合理的配慮」の周知徹底や、移動支援、巡回投票、点字器の設置などを求めた。同協議会の薗部英夫副代表は「障害者が投票しやすい環境づくりに向けた改善は始まってはいるが、今回は突然の選挙で、障害者にとってより困難になる可能性がある」と心配、「各地の選挙管理委員会は当事者と対話し、要望を受け止めてほしい」と訴えた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年2月3日</p>
<p>障害がある人たちには「投票に行きたくても行けない、行きづらい」と感じてしまう「投票の壁」がある。今回の衆院選は真冬で、解散から投開票までは戦後最短の16日間となり、この壁がさらに高くなっている。難病・脊髄性筋萎縮症で、札幌市に住む竹田保さん₍65₎は「難しいとは思っていたが、選挙が始まってみると厳しさが強まった」と打ち明ける。市内では雪が続き、除雪された雪は2階まで迫る。歩道や駐車場も真っ白で、電動車いすを利用した外出は制約を受ける。竹田さん自身は神経を使いながら車いすを操作し、投票所の係員に簡易スロープで雪を覆ってもらい投票したが、仲間からは「今回は無理だね」という声が寄せられているという。高市首相は解散表明の会見で、「雪国の皆様には大変なご足労をいただく」と述べたが、竹田さんは「『行きづらい』のではなく、物理的に『行けない』人がいることも考えてほしい」と話す。</p>
<p>短期決戦は、投票のための情報収集にも影を落としている。</p>
<p>特別支援学校高等部を卒業した知的障害のある生徒らが、社会に出る準備をするための福祉型専攻科・大学「ユースコラ鹿児島」では、選挙のたびに投票方法や各党の政策の違いを学ぶ学習会を開いてきた。しかし、今回は選挙が決まった時点で、1月の授業スケジュールは組み終えていた。学園長の西園健三さん₍64₎は「これまでは各政党の政策や障害者団体がまとめた情報などを取り寄せて、丁寧に準備してきたのに」と頭を抱えたが、職員会議で話し合い、何とか2月3日に学習会を設けることにした。それでも懸念は残る。人混みが苦手な学生は、比較的人の少ない期日前投票を利用するが、3日の学習会後では日が限られ投票できないかもしれない。西園さんは「突発的な選挙は、障害を持つ人々が政治参加する機会や、生活や雇用環境をよくしたいと考える権利を奪うことにもつながる」と訴える。</p>
<p>障害者らが投票しやすいよう環境整備を求め、日本障害者協議会は1月20日、障害者の投票に関する要望書を総務省に提出した。昨夏の参院選後の「投票バリアフリー実態調査」への回答を踏まえ、「合理的配慮」の周知徹底や、移動支援、巡回投票、点字器の設置などを求めた。同協議会の薗部英夫副代表は「障害者が投票しやすい環境づくりに向けた改善は始まってはいるが、今回は突然の選挙で、障害者にとってより困難になる可能性がある」と心配、「各地の選挙管理委員会は当事者と対話し、要望を受け止めてほしい」と訴えた。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3413</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3413/" />
	</item>
		<item>
		<title>障害で「本が読めない」人のための “LLブック”フェア</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3411/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3411/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 07 Feb 2026 11:56:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3411/</guid>
		<description><![CDATA[大阪日日新聞　2026年1月8日 知的障害や自閉症など、「本を読めない・読みにくい」という人々が読書を楽しみ、必要な情報をわかりやすく得られる「LLブック」のイベント「第17回LLブックフェア」が大阪市の路地カフェで開催されている。多様なLLブックの展示と販売が行われ、実際に手に取って読める。ほかに、デジタル図書を再生するためのソフトウエア「デイジー図書」の操作も体験できる。 「LLブック」とは、スウェーデン語の（やさしく読める）という語の頭文字をとったもので、文章や表現を簡潔にし、写真やイラスト、絵記号（ピクトグラム）などを多用した本だ。読書に困難を抱える多様な読者に配慮して製作されている。 主催の「知的障害・自閉症児者のための読書活動を進める会」のメンバーである吉田くすほみさんは、LLブックの存在を知ってからその重要性を感じ、多くの人に知ってもらうための活動を行っている。吉田さんは「どんな人でも読書を楽しむ権利を保障していきたいです」と話す。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大阪日日新聞　2026年1月8日</p>
<p>知的障害や自閉症など、「本を読めない・読みにくい」という人々が読書を楽しみ、必要な情報をわかりやすく得られる「LLブック」のイベント「第17回LLブックフェア」が大阪市の路地カフェで開催されている。多様なLLブックの展示と販売が行われ、実際に手に取って読める。ほかに、デジタル図書を再生するためのソフトウエア「デイジー図書」の操作も体験できる。</p>
<p>「LLブック」とは、スウェーデン語の（やさしく読める）という語の頭文字をとったもので、文章や表現を簡潔にし、写真やイラスト、絵記号（ピクトグラム）などを多用した本だ。読書に困難を抱える多様な読者に配慮して製作されている。</p>
<p>主催の「知的障害・自閉症児者のための読書活動を進める会」のメンバーである吉田くすほみさんは、LLブックの存在を知ってからその重要性を感じ、多くの人に知ってもらうための活動を行っている。吉田さんは「どんな人でも読書を楽しむ権利を保障していきたいです」と話す。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3411</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3411/" />
	</item>
		<item>
		<title>「安楽死」と障害者殺害　たぐる記憶</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3408/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3408/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 04 Feb 2026 01:56:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3408/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年2月2日 ナチ・ドイツ下で、障害者らを「安楽死」の名のもとに殺害という蛮行が、第2次世界大戦時に行われていた。昨年7月、日本障害者協議会代表で自身も目に障害のある藤井克徳さんが現地を訪れた。 ドイツ中西部にあるハダマー記念博物館の地下に「ガス室」はあった。「シャワーを浴びる」とだまされて連れてこられた障害者らはここで息絶えた。ガス栓を開けたのは、患者を治療すべき医師だった。藤井さんが同館を訪れたのは3度目だが、背筋が凍るような衝撃は変わらないという。「戦後80年を迎え、過去に向き合い、未来への希望をたぐり寄せるにはどうすればいいのか。障害のある人たちの辛苦を象徴する場所で見つめ直したい」との思いで足を運んだ。 「健康なアーリア人種による強い国」をめざしたヒトラーの命令で「安楽死」の名のもと、障害者らは6カ所の殺害施設に送り込まれた。1940年1月～1941年8月まで計7万人が犠牲になったとされる。カトリック教会の司祭の批判などもあり、1941年8月に終わったが、その後も精神病院などで薬物投与や衰弱させるなどして「安楽死」は続き、高齢者や結核患者らにも拡大した。犠牲者は約30万人とされる。 日本では昨年10月、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制された原因や再発防止策を考える検証会議が補償金支給法の規定に基づき始まった。藤井さんも委員の一人で、約3年間の調査や議論を経て報告書をまとめる。藤井さんは、再発防止策の一つとして、資料館などの設置を国に要望してきた。ハダマー記念博物館は州の公的機関が運営しており、館長と懇談した藤井さんは「忌まわしい記憶と向き合う強い意思が伝わってきた。公的機関が運営にかかわることで継続した取り組みができる」と話す。 藤井さんは日本の現状を重ねる。「やまゆり園事件」を起こした男を賛美するSNSの声、コロナかで顕在化した「命の選別」を進めかねない考え方、外国人を排斥するような言動…。「それらは命に優劣をつける優性思想にも通じる。ドイツの取り組みを参考に、日本でできることを考えていきたい」。 中野智世・成城大教授（ドイツ史）は、共著「『価値を否定された人々』－－ナチス・ドイツの強制断種と『安楽死』」（2021年、新評論）を企画した。「負の歴史に向き合うことは現在、未来を新たな視点で見つめることになる」からだ。その際重要なのは「犠牲者を数字ではなくその時代を生きた一人の人間としてみること」と強調する。「個人の生きた足跡を知ることで、隣の○○さんが犠牲になったかもしれない、と歴史を身近に感じることができる」。共同執筆者である梅原秀元・東海大特任教授によると、20世紀初頭から広がった優性思想、ナチ・ドイツの人種政策、一部精神科医の関与、第一次大戦後の経済低迷などによる精神科病院への資金抑制、そして戦争－—。「こうした要素が背景となり精神疾患の人らが『価値を生まない』『負担ばかり書けるお荷物的存在』として、価値を否定され殺害された」と指摘。「『安楽死』殺害は極端だが、身近なところで、厄介だ、負担をかけるといった理由で人を価値づけていないだろうか」と問いかける。「条件がそろえば同じようなことが起こる危険性はある。障害者だけの問題ではない」 石田勇治・東京大名誉教授（ドイツ近現代史）によると、ナチ時代「安楽死」殺害に気付いた市民は少なくなかったが、厄介なことに巻き込まれたくないという思いや道庁圧力によってねと口を閉ざし、大きな反対の動きには至らなかったという。関わった多くの意思も「医の倫理に反する行為に内心葛藤しても、抗議の声を上げるものはほとんどいなかった」と指摘する。「大事なのは、不都合な事実に目を背けないことだ」]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年2月2日</p>
<p>ナチ・ドイツ下で、障害者らを「安楽死」の名のもとに殺害という蛮行が、第2次世界大戦時に行われていた。昨年7月、日本障害者協議会代表で自身も目に障害のある藤井克徳さんが現地を訪れた。</p>
<p>ドイツ中西部にあるハダマー記念博物館の地下に「ガス室」はあった。「シャワーを浴びる」とだまされて連れてこられた障害者らはここで息絶えた。ガス栓を開けたのは、患者を治療すべき医師だった。藤井さんが同館を訪れたのは3度目だが、背筋が凍るような衝撃は変わらないという。「戦後80年を迎え、過去に向き合い、未来への希望をたぐり寄せるにはどうすればいいのか。障害のある人たちの辛苦を象徴する場所で見つめ直したい」との思いで足を運んだ。</p>
<p>「健康なアーリア人種による強い国」をめざしたヒトラーの命令で「安楽死」の名のもと、障害者らは6カ所の殺害施設に送り込まれた。1940年1月～1941年8月まで計7万人が犠牲になったとされる。カトリック教会の司祭の批判などもあり、1941年8月に終わったが、その後も精神病院などで薬物投与や衰弱させるなどして「安楽死」は続き、高齢者や結核患者らにも拡大した。犠牲者は約30万人とされる。</p>
<p>日本では昨年10月、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制された原因や再発防止策を考える検証会議が補償金支給法の規定に基づき始まった。藤井さんも委員の一人で、約3年間の調査や議論を経て報告書をまとめる。藤井さんは、再発防止策の一つとして、資料館などの設置を国に要望してきた。ハダマー記念博物館は州の公的機関が運営しており、館長と懇談した藤井さんは「忌まわしい記憶と向き合う強い意思が伝わってきた。公的機関が運営にかかわることで継続した取り組みができる」と話す。</p>
<p>藤井さんは日本の現状を重ねる。「やまゆり園事件」を起こした男を賛美するSNSの声、コロナかで顕在化した「命の選別」を進めかねない考え方、外国人を排斥するような言動…。「それらは命に優劣をつける優性思想にも通じる。ドイツの取り組みを参考に、日本でできることを考えていきたい」。</p>
<p>中野智世・成城大教授（ドイツ史）は、共著「『価値を否定された人々』－－ナチス・ドイツの強制断種と『安楽死』」（2021年、新評論）を企画した。「負の歴史に向き合うことは現在、未来を新たな視点で見つめることになる」からだ。その際重要なのは「犠牲者を数字ではなくその時代を生きた一人の人間としてみること」と強調する。「個人の生きた足跡を知ることで、隣の○○さんが犠牲になったかもしれない、と歴史を身近に感じることができる」。共同執筆者である梅原秀元・東海大特任教授によると、20世紀初頭から広がった優性思想、ナチ・ドイツの人種政策、一部精神科医の関与、第一次大戦後の経済低迷などによる精神科病院への資金抑制、そして戦争－—。「こうした要素が背景となり精神疾患の人らが『価値を生まない』『負担ばかり書けるお荷物的存在』として、価値を否定され殺害された」と指摘。「『安楽死』殺害は極端だが、身近なところで、厄介だ、負担をかけるといった理由で人を価値づけていないだろうか」と問いかける。「条件がそろえば同じようなことが起こる危険性はある。障害者だけの問題ではない」</p>
<p>石田勇治・東京大名誉教授（ドイツ近現代史）によると、ナチ時代「安楽死」殺害に気付いた市民は少なくなかったが、厄介なことに巻き込まれたくないという思いや道庁圧力によってねと口を閉ざし、大きな反対の動きには至らなかったという。関わった多くの意思も「医の倫理に反する行為に内心葛藤しても、抗議の声を上げるものはほとんどいなかった」と指摘する。「大事なのは、不都合な事実に目を背けないことだ」</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3408</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3408/" />
	</item>
		<item>
		<title>奪われた「共生」の言葉　障害者なき対話に市川沙央さんは思う</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3406/</link>
		<comments>http://www.we-can.or.jp/p/3406/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 11 Jan 2026 06:47:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3406/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　2025年9月12日 寄稿（要約） 「対話でさぐる　共生の未来」 朝日新聞主催の一大イベント「朝日地球会議2024」のテーマだ。イベント内容を公式サイトでチェックし、とても驚いた。（誰ひとり取り残さず、すべての人が暮らしやすい持続可能な地球と社会について、みなさまとともに考えていく「朝日地球会議」）。輝かしい理念に続いて紹介される7６人の登壇者は、すべて元気そうな人ばかり。障害当事者や家族あるいは支援者の立場の人すら、一人もいないのだ。20以上のプログラムのテーマにも、障害者に関するものは一つもないようだ。参加者のアクセシビリティーはどうなっているのか事務局に問い合わせると、各セッションに手話通訳も字幕も用意されていないとの返事。健常な人だけ76人も集めて、聴衆に聞こえや認知のアクセシビリティを保障する意思も感じられない「対話でさぐる　共生の未来」。朝日新聞は、いったい誰と、何と共生するつもりなんだろう。 「共生」は様々な文脈で使われる言葉ではあるが、「共生社会」を検索すればわかるように、わが国では第一義に障害者の包摂を考えるための言葉だったはずだ。「相模原障害者施設殺傷事件」が起き、以後わが国で「共生」の語を使うことの意味と義務について、「朝日地球会議2024」の企画立案者と承認者の頭には一片も浮かぶことがなかったというなら、残念な思いを通り越して、何かもっと極めて深刻な問題が〈私〉とあなたがたの間に横たわっているのではないかという疑いが湧く。 アクセシビリティについて、同時期に東京国際フォーラムで行われていた東京都主催の「だれもが文化でつながる国際会議」では、手話通訳・同時字幕、パンフレットのテキストデータ提供があるだけでなく、それらの情報が公式サイトのトップに明記されている。ただでさえ障害者はどこへ行こうとしても下調べと事前連絡を課されている。そもそもドアが開いているかどうかわからない場所に行ってみようとは思わないだろう。クローズドな健常者ファーストの場を作っておいて、あたかもサポートのニーズが存在しないように見せかける。それのどこが「対話でさぐる　共生の未来」なのか。 私は障害者への配慮不足を批判しているのではない。「共生」という語をめぐる思考の不徹底を問うているのだ。 事務局から、セッションの内容は後日新聞紙面や朝日デジタルで紹介予定と聞いていたので、抄録記事を読んだ。朝日新聞の現状認識に対して、なお疑問を深めざるを得なかった。朝日新聞が力を入れている「8がけ社会」…社会を支える現役世代が今の8割になり、人手不足が深刻化する社会危機。これに関連して設定された議題はどれも、今障害者が経験させられている現実とあまりにも乖離している。朝日新聞の関心は、生産力とサービスが縮小して服装や嗜好品の選択肢が減ってしまう未来を受け入れ楽しめるか、ということにあるらしい。在宅の寝たきりの人がもう十年以上も前から、訪問入浴のスタッフが集まらず今週はお風呂に入れるかどうかわからない、という綱渡りの生活をしているのに？ マイノリティの訴える困難や課題が、マジョリティの関心事にいつの間にかすり替えられ、小さく弱い声がかき消されてしまうのは、非常によくあることで、マイノリティ運動の簒奪などとも呼ばれるが、よりによって「共生」という言葉を簒奪するとは。障害者を対話から排除し、人手不足が及ぼす生活の不安、生存権すらおぼつかないかもしれない未来への危機感を、健常者の感覚で嗜好品の選択肢の問題に矮小化してしまうとは、あまりにも恥ずべき簒奪だと思いませんか。 持続可能な地球と社会――SDGs。気候変動、自然災害、環境破壊、パンデミック、AI、戦争、食糧危機、少子高齢化、大きな必然的テーマだろう。しかし、これら情勢の変化によって先にネガティブな影響を受けるのは弱者、特に身体的弱者だ。繰り返す、稀にみる障害者憎悪犯罪「相模原障害者施設殺傷事件」、それを記憶していたら「共生」の語を身体的弱者への想像力なしに、「朝日地球会議2024」のセッション構成はあり得なかったのではないか？あるいはもっと深刻な認識の問題－－【そうは言っても、われわれの「一般社会」とヤマユリエンみたいな障害者の世界はぜんぜん別のことだからなあ…】－－こうした心理の断絶が、私とあなた方の間には横たわっているのかもしれない。これが、本寄稿で私があなた方に伝えたかったことだ。 「共生」の語をもってしても乗り越えられない断絶。 特にコロナ禍の渦中で障害者たちに降りかかった苦難。医療の受けづらさ、医療者による差別、面会制限、世間の無関心、正常化する社会から置き去りにされていくこと。コロナ禍を境に、もともとあった断絶はもっと露骨に、あからさまになりながら深まったと感じる人たちがいる。社会はすでに、私たちを切り捨てることを選んで、そうしても痛まない心をコロナ禍という非常時の経験から手に入れたのではないか、と。今までそういうふうに考えていなかった私も、「朝日新聞地球会議2024」の構成を見て、「ああ…そうなのかもしれない」と初めて思った。日本に身体障害者は人口の3.5％程度いるとされ、76人なら2、3人は交ざらなければ不自然になる。にもかかわらず、あのクオリティペーパー朝日新聞の考える「共生」からも障害者は排除されるのだから。 つまり「8がけ社会」にも順応して生き残れる人間だけが生き残ればいいという、これは宣言なのだろう、と思った。365日ほとんど家の中に閉じこもっている私のところにだって障害者の苦境の情報は届くのだ。足で稼ぐ新聞記者の目と耳にもっと多くの情報が入っていないわけがない。とすれば、情報と関心事の取捨選択に何らかのバイアスがあるのだろう。自分と同じ属性、似た経験、共感できる課題、聞きやすい声、話しやすい人。すべてその逆にある障害者はいつものように、いないことにされ、「共生」の輪からも消された。私にはもう、未来に期待する気力が残っていない。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2025年9月12日</p>
<p>寄稿（要約）</p>
<p>「対話でさぐる　共生の未来」</p>
<p>朝日新聞主催の一大イベント「朝日地球会議2024」のテーマだ。イベント内容を公式サイトでチェックし、とても驚いた。（誰ひとり取り残さず、すべての人が暮らしやすい持続可能な地球と社会について、みなさまとともに考えていく「朝日地球会議」）。輝かしい理念に続いて紹介される7６人の登壇者は、すべて元気そうな人ばかり。障害当事者や家族あるいは支援者の立場の人すら、一人もいないのだ。20以上のプログラムのテーマにも、障害者に関するものは一つもないようだ。参加者のアクセシビリティーはどうなっているのか事務局に問い合わせると、各セッションに手話通訳も字幕も用意されていないとの返事。健常な人だけ76人も集めて、聴衆に聞こえや認知のアクセシビリティを保障する意思も感じられない「対話でさぐる　共生の未来」。朝日新聞は、いったい誰と、何と共生するつもりなんだろう。</p>
<p>「共生」は様々な文脈で使われる言葉ではあるが、「共生社会」を検索すればわかるように、わが国では第一義に障害者の包摂を考えるための言葉だったはずだ。「相模原障害者施設殺傷事件」が起き、以後わが国で「共生」の語を使うことの意味と義務について、「朝日地球会議2024」の企画立案者と承認者の頭には一片も浮かぶことがなかったというなら、残念な思いを通り越して、何かもっと極めて深刻な問題が〈私〉とあなたがたの間に横たわっているのではないかという疑いが湧く。</p>
<p>アクセシビリティについて、同時期に東京国際フォーラムで行われていた東京都主催の「だれもが文化でつながる国際会議」では、手話通訳・同時字幕、パンフレットのテキストデータ提供があるだけでなく、それらの情報が公式サイトのトップに明記されている。ただでさえ障害者はどこへ行こうとしても下調べと事前連絡を課されている。そもそもドアが開いているかどうかわからない場所に行ってみようとは思わないだろう。クローズドな健常者ファーストの場を作っておいて、あたかもサポートのニーズが存在しないように見せかける。それのどこが「対話でさぐる　共生の未来」なのか。</p>
<p>私は障害者への配慮不足を批判しているのではない。「共生」という語をめぐる思考の不徹底を問うているのだ。</p>
<p>事務局から、セッションの内容は後日新聞紙面や朝日デジタルで紹介予定と聞いていたので、抄録記事を読んだ。朝日新聞の現状認識に対して、なお疑問を深めざるを得なかった。朝日新聞が力を入れている「8がけ社会」…社会を支える現役世代が今の8割になり、人手不足が深刻化する社会危機。これに関連して設定された議題はどれも、今障害者が経験させられている現実とあまりにも乖離している。朝日新聞の関心は、生産力とサービスが縮小して服装や嗜好品の選択肢が減ってしまう未来を受け入れ楽しめるか、ということにあるらしい。在宅の寝たきりの人がもう十年以上も前から、訪問入浴のスタッフが集まらず今週はお風呂に入れるかどうかわからない、という綱渡りの生活をしているのに？</p>
<p>マイノリティの訴える困難や課題が、マジョリティの関心事にいつの間にかすり替えられ、小さく弱い声がかき消されてしまうのは、非常によくあることで、マイノリティ運動の簒奪などとも呼ばれるが、よりによって「共生」という言葉を簒奪するとは。障害者を対話から排除し、人手不足が及ぼす生活の不安、生存権すらおぼつかないかもしれない未来への危機感を、健常者の感覚で嗜好品の選択肢の問題に矮小化してしまうとは、あまりにも恥ずべき簒奪だと思いませんか。</p>
<p>持続可能な地球と社会――SDGs。気候変動、自然災害、環境破壊、パンデミック、AI、戦争、食糧危機、少子高齢化、大きな必然的テーマだろう。しかし、これら情勢の変化によって先にネガティブな影響を受けるのは弱者、特に身体的弱者だ。繰り返す、稀にみる障害者憎悪犯罪「相模原障害者施設殺傷事件」、それを記憶していたら「共生」の語を身体的弱者への想像力なしに、「朝日地球会議2024」のセッション構成はあり得なかったのではないか？あるいはもっと深刻な認識の問題－－【そうは言っても、われわれの「一般社会」とヤマユリエンみたいな障害者の世界はぜんぜん別のことだからなあ…】－－こうした心理の断絶が、私とあなた方の間には横たわっているのかもしれない。これが、本寄稿で私があなた方に伝えたかったことだ。</p>
<p>「共生」の語をもってしても乗り越えられない断絶。</p>
<p>特にコロナ禍の渦中で障害者たちに降りかかった苦難。医療の受けづらさ、医療者による差別、面会制限、世間の無関心、正常化する社会から置き去りにされていくこと。コロナ禍を境に、もともとあった断絶はもっと露骨に、あからさまになりながら深まったと感じる人たちがいる。社会はすでに、私たちを切り捨てることを選んで、そうしても痛まない心をコロナ禍という非常時の経験から手に入れたのではないか、と。今までそういうふうに考えていなかった私も、「朝日新聞地球会議2024」の構成を見て、「ああ…そうなのかもしれない」と初めて思った。日本に身体障害者は人口の3.5％程度いるとされ、76人なら2、3人は交ざらなければ不自然になる。にもかかわらず、あのクオリティペーパー朝日新聞の考える「共生」からも障害者は排除されるのだから。</p>
<p>つまり「8がけ社会」にも順応して生き残れる人間だけが生き残ればいいという、これは宣言なのだろう、と思った。365日ほとんど家の中に閉じこもっている私のところにだって障害者の苦境の情報は届くのだ。足で稼ぐ新聞記者の目と耳にもっと多くの情報が入っていないわけがない。とすれば、情報と関心事の取捨選択に何らかのバイアスがあるのだろう。自分と同じ属性、似た経験、共感できる課題、聞きやすい声、話しやすい人。すべてその逆にある障害者はいつものように、いないことにされ、「共生」の輪からも消された。私にはもう、未来に期待する気力が残っていない。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.we-can.or.jp/?feed=rss2&#038;p=3406</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://www.we-can.or.jp/p/3406/" />
	</item>
	</channel>
</rss>
