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	<title>障害者の社会参加を支援するコミュニケーション・アシスト・ネットワーク(ＣＡＮ) &#187; ニュース</title>
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	<description>言語聴覚障害者の社会参加を支援します。</description>
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		<title>出生前検査　診断後の「支援」があってこそ</title>
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		<pubDate>Tue, 02 Jun 2026 04:50:33 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　5月24日 妊婦の血液から胎児の染色体を調べる出生前検査(NIPT)の新たな臨床研究が2月から始まった。医療現場が考えるべき当事者や家族への支援とは。ダウン症の乳児とその両親を対象にした「集団外来」などに取り組む、埼玉県立小児医療センター遺伝科医長の大橋博文さんに聞いた。 集団外来は、1歳までの赤ちゃんを対象とした、月1回、半年間のプログラム。理学療法士や作業療法士、栄養士らが発達を促す運動や遊び、栄養などの情報を提供する。臨床心理士やソーシャルワーカー、看護師、遺伝カウンセラーらも協力して運営している。毎年60～80人の赤ちゃんとその親が参加している。ダウン症診断後の当事者や家族への支援が不足しているとの問題意識が出発点で、1989年に始まった。診断された後、どういうふうに育てたらよいのかと、不安と孤独の中にある家族は少なくない。当事者同士が集まり、安心して話せる場として、集団外来の意義は大きいと考えている。現在は、ダウン症以外の先天性疾患でも集団外来を運営している。 家族に「ほしかった情報」を尋ねたアンケートでは、「合併症」をあげた人は4割弱だったが、「発達」「育児」「療育」がそれぞれ8割に上った。日常の育児にかかわる情報が求められていると思う。 2月から、すべての染色体情報を調べる臨床研究が始まり、これまで対象だった3つの疾患以外に拡大する。不安を抱く妊婦さんは増えていく可能性がある。さらに今後、これが一般的な検査になっていけば、「受けておかなければいけない」「安心のために受けよう」という風潮が強まる可能性もある。親としてしっかり子どもを育てていく力があり、幸せを実感している家族の姿を見てきた。そうした家族のあり方が損なわれることはないのか、という懸念がある。また、対象疾患が認識されていく結果、多様性が重視されない社会を招く恐れはないのか、漠然とした不安感もある。 科学技術の進歩とともに、それに伴う「支援」が常に存在しないといけない。小児科医としては、技術の進歩よりも支援のための努力が常に上回るべきだ、と考える。その努力があってこそ、新たな技術を社会として受け入れられるのではないだろうか。 集団外来のような取り組みが、診療報酬によって十分に評価されることが必要だ。遺伝学の知識を持った医療従事者を増やす必要もある。遺伝学は「多様性」の学問であり、教育現場で広めていきたい。遺伝学の考え方でいえば、多様性はあって当たり前、いろんな人がいるのが前提だ。障害のある人の困難は、多くの人が抱える生活上の生きにくさを増幅する形であらわしている、という見方もできる。障がいのある人の困難に対応することは、この社会の多くの人の生きやすさにもつながる。こうした遺伝学の考え方を、幼いおさないときから段階的に学んでいく。科学技術が進む現代社会で必要なことだと思う。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　5月24日</p>
<p>妊婦の血液から胎児の染色体を調べる出生前検査(NIPT)の新たな臨床研究が2月から始まった。医療現場が考えるべき当事者や家族への支援とは。ダウン症の乳児とその両親を対象にした「集団外来」などに取り組む、埼玉県立小児医療センター遺伝科医長の大橋博文さんに聞いた。</p>
<p>集団外来は、1歳までの赤ちゃんを対象とした、月1回、半年間のプログラム。理学療法士や作業療法士、栄養士らが発達を促す運動や遊び、栄養などの情報を提供する。臨床心理士やソーシャルワーカー、看護師、遺伝カウンセラーらも協力して運営している。毎年60～80人の赤ちゃんとその親が参加している。ダウン症診断後の当事者や家族への支援が不足しているとの問題意識が出発点で、1989年に始まった。診断された後、どういうふうに育てたらよいのかと、不安と孤独の中にある家族は少なくない。当事者同士が集まり、安心して話せる場として、集団外来の意義は大きいと考えている。現在は、ダウン症以外の先天性疾患でも集団外来を運営している。</p>
<p>家族に「ほしかった情報」を尋ねたアンケートでは、「合併症」をあげた人は4割弱だったが、「発達」「育児」「療育」がそれぞれ8割に上った。日常の育児にかかわる情報が求められていると思う。</p>
<p>2月から、すべての染色体情報を調べる臨床研究が始まり、これまで対象だった3つの疾患以外に拡大する。不安を抱く妊婦さんは増えていく可能性がある。さらに今後、これが一般的な検査になっていけば、「受けておかなければいけない」「安心のために受けよう」という風潮が強まる可能性もある。親としてしっかり子どもを育てていく力があり、幸せを実感している家族の姿を見てきた。そうした家族のあり方が損なわれることはないのか、という懸念がある。また、対象疾患が認識されていく結果、多様性が重視されない社会を招く恐れはないのか、漠然とした不安感もある。</p>
<p>科学技術の進歩とともに、それに伴う「支援」が常に存在しないといけない。小児科医としては、技術の進歩よりも支援のための努力が常に上回るべきだ、と考える。その努力があってこそ、新たな技術を社会として受け入れられるのではないだろうか。</p>
<p>集団外来のような取り組みが、診療報酬によって十分に評価されることが必要だ。遺伝学の知識を持った医療従事者を増やす必要もある。遺伝学は「多様性」の学問であり、教育現場で広めていきたい。遺伝学の考え方でいえば、多様性はあって当たり前、いろんな人がいるのが前提だ。障害のある人の困難は、多くの人が抱える生活上の生きにくさを増幅する形であらわしている、という見方もできる。障がいのある人の困難に対応することは、この社会の多くの人の生きやすさにもつながる。こうした遺伝学の考え方を、幼いおさないときから段階的に学んでいく。科学技術が進む現代社会で必要なことだと思う。</p>
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		<title>学校をひらく　同じ場で それぞれの学びを（一般社団法人UNIVA理事　野口晃菜さん寄稿）</title>
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		<pubDate>Tue, 02 Jun 2026 03:33:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年4月15日 「インクルーシブ教育」は、「障害のある子どもとない子どもが共に学ぶこと」と定義されることが多いが、ただ多様な子どもが同じ場にいることではなく、多様な子どもがいることを学校の「ふつう」にしていく、そのために学校のあり方を変革していくことが重要だ。 現在は、通常の学級には教師が1人、そして学習指導要領で学ぶべき目標や内容などが決められている。つまり、通常学級に在籍したら、全員が同じ目標を同じペースで学ぶ前提になっている。目標を変えたり、学ぶペースや方法を大きく変えたりする場合は、特別支援学級に在籍すれば、8人に対して1人の先生がおり、「特別の教育課程」を編成できる。特別支援学校では、教材教具が障害ごとに整備されており、先生もさらに多く配置されている。障害のある子どもも通常の学級に在籍できるが、その場合は基本的に他の子どもと同じ構造の中で学ぶシステムになっている。 特別支援学校や特別支援学級に在籍する子どもも「最大限」「ふつうの教室」に在籍する子どもたちと共に学ぶ機会を設ける「交流および共同学習」の制度もあるが、その機会は年に2～3回しかない。それで果たして「共生社会」につながるのだろうか。 障害のある子どもやその保護者からすると、近隣の学校に通いたいけれど、それでは必要な学びが得られない。一方で、遠くの特別支援学校に在籍すると、地域の人と日常を共にする機会が失われる。さらに、教職員からしても、通常の学級で最大限多様な子どもの学びを保障したいけれど、一人で頑張らざるを得ない、その子の学びを保障しようとしたら別の場への在籍を勧めないと、資源が追加されない。インクルーシブな学校づくりをしたい、インクルーシブな場で学びたい、と教職員や保護者、子ども自身が願ったとしても、在籍する場と教育課程、さらに資源がひもづいている構造が大きな障壁になっている。 現在、中央教育審議会では、学校指導要領の改訂に向けた議論が行われている。2025年9月の論点整理では、①「主体的・対話的で深い学び」の実装②多様性の包摂③実現可能性の確保の3つが柱として掲げられている。②が教育全体の方針として掲げられたのは初めてだろう。この方針は、教育活動全般の土台に「多様性の包摂」を置く、ということだ。 自分たちが想定できる「多様性」には限界があること、つまり「多様性」や「共生社会」について、大人は子どもたちに「教える」立場ではなく、「共に学ぶ立場」であることを踏まえていきたい。その上で、自分と異なる価値観や背景のある他社と対話をしてみるところから一緒に始めてみよう。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年4月15日</p>
<p>「インクルーシブ教育」は、「障害のある子どもとない子どもが共に学ぶこと」と定義されることが多いが、ただ多様な子どもが同じ場にいることではなく、多様な子どもがいることを学校の「ふつう」にしていく、そのために学校のあり方を変革していくことが重要だ。</p>
<p>現在は、通常の学級には教師が1人、そして学習指導要領で学ぶべき目標や内容などが決められている。つまり、通常学級に在籍したら、全員が同じ目標を同じペースで学ぶ前提になっている。目標を変えたり、学ぶペースや方法を大きく変えたりする場合は、特別支援学級に在籍すれば、8人に対して1人の先生がおり、「特別の教育課程」を編成できる。特別支援学校では、教材教具が障害ごとに整備されており、先生もさらに多く配置されている。障害のある子どもも通常の学級に在籍できるが、その場合は基本的に他の子どもと同じ構造の中で学ぶシステムになっている。</p>
<p>特別支援学校や特別支援学級に在籍する子どもも「最大限」「ふつうの教室」に在籍する子どもたちと共に学ぶ機会を設ける「交流および共同学習」の制度もあるが、その機会は年に2～3回しかない。それで果たして「共生社会」につながるのだろうか。</p>
<p>障害のある子どもやその保護者からすると、近隣の学校に通いたいけれど、それでは必要な学びが得られない。一方で、遠くの特別支援学校に在籍すると、地域の人と日常を共にする機会が失われる。さらに、教職員からしても、通常の学級で最大限多様な子どもの学びを保障したいけれど、一人で頑張らざるを得ない、その子の学びを保障しようとしたら別の場への在籍を勧めないと、資源が追加されない。インクルーシブな学校づくりをしたい、インクルーシブな場で学びたい、と教職員や保護者、子ども自身が願ったとしても、在籍する場と教育課程、さらに資源がひもづいている構造が大きな障壁になっている。</p>
<p>現在、中央教育審議会では、学校指導要領の改訂に向けた議論が行われている。2025年9月の論点整理では、①「主体的・対話的で深い学び」の実装②多様性の包摂③実現可能性の確保の3つが柱として掲げられている。②が教育全体の方針として掲げられたのは初めてだろう。この方針は、教育活動全般の土台に「多様性の包摂」を置く、ということだ。</p>
<p>自分たちが想定できる「多様性」には限界があること、つまり「多様性」や「共生社会」について、大人は子どもたちに「教える」立場ではなく、「共に学ぶ立場」であることを踏まえていきたい。その上で、自分と異なる価値観や背景のある他社と対話をしてみるところから一緒に始めてみよう。</p>
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		<title>悩み抜き 会えたあなた　出生前検査で「ダウン症」向き合った家族</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2026 03:17:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年4月6日 妊婦の血液で胎児の染色体を調べる出生前検査(NIPT)が広がっている。検査で「陽性」となった時、孤独と焦りを感じながら、家族は悩んでいる。 2025年11月、ダウン症の本人や家族、専門家らが集まる学会で初めての試みとして「本人座長」がシンポジウムを紹介した。兵庫県の上村眞穂さん₍16₎は「出生前検査」の座長を務めた。眞穂さんが生まれた頃、NIPTはまだなかった。母親の直美さんは妊婦13週のときエコー検査で「ダウン症」の可能性があると指摘された。確定検査となる羊水検査を受けるか、直美さんは悩んだ。もし検査でダウン症とわかったら、妊娠をそこで終えるかという選択肢が出てくる。ダウン症について本で調べてみたものの、怖くなった。どんな子も産み育てるという強い思いがあったわけではない。考え続けた結果、「自分の判断でこの子の命を奪うことはできない」という気持ちが強かった。生むと決め、羊水検査は受けなかった。出生前に分かった分、備えられたこともある。おなかにいたときから心臓に病気がある可能性が分かり、出産は小児循環器科もある病院を選んだ。 眞穂さんは今は、大阪府内の高等専修学校に1人で通っている。ダンス部に入り、とても楽しそうだ。母の直美さんは「今の一瞬を大事にすることを眞穂に教えてもらった」と話す。ダウン症の親子サークル代表などをしている直美さんは、「NIPTで陽性となったが、どうやって育てたらいいか、仕事は続けられるのか」といった質問を寄せられる今は保育園などの受け入れが広がり、放課後デイサービスも充実している。「社会がよい方向に変わってきていることは間違いない」と直美さんは言う。 シンポジウムには、ダウン症のある娘を育てる別の女性も登壇し、「それぞれの家族が悩み抜いて決めたことを尊重する」と前置きした上で「同じ悩みを抱える家族が心穏やかに過ごせるように」と、体験を話した。不妊治療の末に授かった第1子、NIPTで陽性、羊水検査でも陽性だった。すでに妊娠17週に入り、赤ちゃんはよく動くようになっていた。夫婦で腹を割って話すことが難しいまま20週を過ぎ、「最後はこの子の生命力に委ねよう」と決断した。女性は、親にも周りの友人にも悩みを打ち明けられずに悩みを抱えていたことを率直に語った。「これからも毎日大好きだよ、愛してるよ、と伝えていきたい」と締めくくった。 日本ダウン症協会では、女性の話の内容をHP(http://jdss.or.jp/)に掲載している。 2013年から始まったNIPTは検査数が増え、24年度に学会認証施設で実施した妊婦は6万3千人。うち1.1％に陽性結果が出ている。過去には、陽性が確定すると、9割の人が妊娠の中断を選択しているデータもある。 日本ダウン症協会はダウン症のことを正しく知ってもらうための啓発活動を続けている。協会の理事・水戸川真由美さんは「どんな子どもも安心して育つ社会になること、妊娠した人がおめでとうと言われる社会であることをめざしていきたい」。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年4月6日</p>
<p>妊婦の血液で胎児の染色体を調べる出生前検査(NIPT)が広がっている。検査で「陽性」となった時、孤独と焦りを感じながら、家族は悩んでいる。</p>
<p>2025年11月、ダウン症の本人や家族、専門家らが集まる学会で初めての試みとして「本人座長」がシンポジウムを紹介した。兵庫県の上村眞穂さん₍16₎は「出生前検査」の座長を務めた。眞穂さんが生まれた頃、NIPTはまだなかった。母親の直美さんは妊婦13週のときエコー検査で「ダウン症」の可能性があると指摘された。確定検査となる羊水検査を受けるか、直美さんは悩んだ。もし検査でダウン症とわかったら、妊娠をそこで終えるかという選択肢が出てくる。ダウン症について本で調べてみたものの、怖くなった。どんな子も産み育てるという強い思いがあったわけではない。考え続けた結果、「自分の判断でこの子の命を奪うことはできない」という気持ちが強かった。生むと決め、羊水検査は受けなかった。出生前に分かった分、備えられたこともある。おなかにいたときから心臓に病気がある可能性が分かり、出産は小児循環器科もある病院を選んだ。</p>
<p>眞穂さんは今は、大阪府内の高等専修学校に1人で通っている。ダンス部に入り、とても楽しそうだ。母の直美さんは「今の一瞬を大事にすることを眞穂に教えてもらった」と話す。ダウン症の親子サークル代表などをしている直美さんは、「NIPTで陽性となったが、どうやって育てたらいいか、仕事は続けられるのか」といった質問を寄せられる今は保育園などの受け入れが広がり、放課後デイサービスも充実している。「社会がよい方向に変わってきていることは間違いない」と直美さんは言う。</p>
<p>シンポジウムには、ダウン症のある娘を育てる別の女性も登壇し、「それぞれの家族が悩み抜いて決めたことを尊重する」と前置きした上で「同じ悩みを抱える家族が心穏やかに過ごせるように」と、体験を話した。不妊治療の末に授かった第1子、NIPTで陽性、羊水検査でも陽性だった。すでに妊娠17週に入り、赤ちゃんはよく動くようになっていた。夫婦で腹を割って話すことが難しいまま20週を過ぎ、「最後はこの子の生命力に委ねよう」と決断した。女性は、親にも周りの友人にも悩みを打ち明けられずに悩みを抱えていたことを率直に語った。「これからも毎日大好きだよ、愛してるよ、と伝えていきたい」と締めくくった。</p>
<p>日本ダウン症協会では、女性の話の内容をHP(http://jdss.or.jp/)に掲載している。</p>
<p>2013年から始まったNIPTは検査数が増え、24年度に学会認証施設で実施した妊婦は6万3千人。うち1.1％に陽性結果が出ている。過去には、陽性が確定すると、9割の人が妊娠の中断を選択しているデータもある。</p>
<p>日本ダウン症協会はダウン症のことを正しく知ってもらうための啓発活動を続けている。協会の理事・水戸川真由美さんは「どんな子どもも安心して育つ社会になること、妊娠した人がおめでとうと言われる社会であることをめざしていきたい」。</p>
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		<item>
		<title>結局、日本社会は障害者に慣れてない　作家・市川沙央さん 書面インタビュー</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2026 00:37:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年3月19日 東京パラリンピック開催から5年、新設スタジアムなどでバリアフリー化が進む一方、障害者が気軽に観戦できる環境が整っていない施設も多い。重度障害者である芥川賞作家の市川沙央さんが書面インタビューに応じ、課題や改善すべき点などについて以下のようにつづった。 寝たきりの方・障碍者には一番楽な娯楽であり、情報源としてテレビをずっと見ている。スポーツも当然よく見ている。私はフィギュアケートの浅田真央さんに魅了されていた。チャレンジ精神と競技時の融合の高みへと挑む姿に感銘を受ける。 スポーツ観戦では、楽しんでいるのは、リアルタイム性、世の中との一体感、やり直しのきかない緊張感。私の場合は何メートルか歩くのがフルマラソンみたいなものなので、スポーツ選手のメンタルコントロールのエピソードなどに共感するし、参考になる。 以前都議会の中継で国立競技場の車いす席の数について質疑応答をしていたが、政局に関係のない質疑が続くのにじれた政治解説者が、「くだらないことやってるなあと思いますね」と吐き捨てた。私は「オリンピックスタジアムの車いす席はくだらないことなんでしょうか⁈」と根に持っている。オプション、プラスα、福祉の施策や予算でやるやらないは自由、といった感覚がはびこっているように思う。しかし私は、障害がある人々に対する公平性の確保は真ん中においてやることだと思っている。バリアフリーは最初から想定して組み込んでおいた方が後から改修するよりコストがかからない。公平性の確保（合理的的配慮）のために対話して調整するという歩み寄りが見られないなら、よりコストのかかる対立が待っているだけだ、という原理を社会が肝に銘じよう。 2000年前後にコンサートに行ったことがある。車いす席はたいてい後方にあり、観客が総立ちになるライブではステージが見えないことが課題だった。その経験から車いす席改善の署名集めをネット上でやっていた。SNSなどを見ていると、25年経った今もあまり変わっていないのかなと感じる。個々の興行の運営以前に、建物の設計段階で課題があると思う。国立劇場の建て替えが予定されているが、まさか文化芸術の殿堂の新築が包摂性に欠けることにはならないでほしい。 あらかじめ多様な人の存在とニーズを想定し、構えておくことは商売上の強みになる。しかし普段視界に入らないものは忘れられていく。結局、日本社会は障害者に慣れていない。様々な障害者を街で見かけること、慣れること、障害者が出かけやすい社会であることはつながっている。自国にネガティブな歴史よりポジティブな歴史がある方がうれしく誇らしいのは私もあなたも同じだと思う。「誰でもトイレ」とか「点字ブロック」とか、バリアフリーで日本が誇れる部分はたくさんある。将来の子どもたちが日本人としての自己肯定感を高められるように、誇れる日本をいっしょに作っていこうじゃありませんか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2026年3月19日</p>
<p>東京パラリンピック開催から5年、新設スタジアムなどでバリアフリー化が進む一方、障害者が気軽に観戦できる環境が整っていない施設も多い。重度障害者である芥川賞作家の市川沙央さんが書面インタビューに応じ、課題や改善すべき点などについて以下のようにつづった。</p>
<p>寝たきりの方・障碍者には一番楽な娯楽であり、情報源としてテレビをずっと見ている。スポーツも当然よく見ている。私はフィギュアケートの浅田真央さんに魅了されていた。チャレンジ精神と競技時の融合の高みへと挑む姿に感銘を受ける。</p>
<p>スポーツ観戦では、楽しんでいるのは、リアルタイム性、世の中との一体感、やり直しのきかない緊張感。私の場合は何メートルか歩くのがフルマラソンみたいなものなので、スポーツ選手のメンタルコントロールのエピソードなどに共感するし、参考になる。</p>
<p>以前都議会の中継で国立競技場の車いす席の数について質疑応答をしていたが、政局に関係のない質疑が続くのにじれた政治解説者が、「くだらないことやってるなあと思いますね」と吐き捨てた。私は「オリンピックスタジアムの車いす席はくだらないことなんでしょうか⁈」と根に持っている。オプション、プラスα、福祉の施策や予算でやるやらないは自由、といった感覚がはびこっているように思う。しかし私は、障害がある人々に対する公平性の確保は真ん中においてやることだと思っている。バリアフリーは最初から想定して組み込んでおいた方が後から改修するよりコストがかからない。公平性の確保（合理的的配慮）のために対話して調整するという歩み寄りが見られないなら、よりコストのかかる対立が待っているだけだ、という原理を社会が肝に銘じよう。</p>
<p>2000年前後にコンサートに行ったことがある。車いす席はたいてい後方にあり、観客が総立ちになるライブではステージが見えないことが課題だった。その経験から車いす席改善の署名集めをネット上でやっていた。SNSなどを見ていると、25年経った今もあまり変わっていないのかなと感じる。個々の興行の運営以前に、建物の設計段階で課題があると思う。国立劇場の建て替えが予定されているが、まさか文化芸術の殿堂の新築が包摂性に欠けることにはならないでほしい。</p>
<p>あらかじめ多様な人の存在とニーズを想定し、構えておくことは商売上の強みになる。しかし普段視界に入らないものは忘れられていく。結局、日本社会は障害者に慣れていない。様々な障害者を街で見かけること、慣れること、障害者が出かけやすい社会であることはつながっている。自国にネガティブな歴史よりポジティブな歴史がある方がうれしく誇らしいのは私もあなたも同じだと思う。「誰でもトイレ」とか「点字ブロック」とか、バリアフリーで日本が誇れる部分はたくさんある。将来の子どもたちが日本人としての自己肯定感を高められるように、誇れる日本をいっしょに作っていこうじゃありませんか。</p>
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		<item>
		<title>ひと　吃音当事者によるバンドを率いる大学生　喜多 龍之祐さん₍19₎</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3429/</link>
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		<pubDate>Fri, 22 May 2026 23:56:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年5月12日 中学2年、生徒会長に立候補。演説会冒頭、名前で詰まって笑いが起きたが「僕には吃音があって…」と語り始めると雰囲気が変わった。「言葉がうまく出てこなくても思いは伝わる」。当選して自信になり、転機となった。 高校1年のとき、吃音のある若者が接客する「注文に時間がかかるカフェ」が自宅近くで開かれ、スタッフとして参加した。ここでの出会いをきっかけに、音楽好きの5人で「コンマニア～吃音を持つ学生による音楽団」を結成、打楽器を担当し代表も務める。 歌っているときは吃音が出ないと感じている当事者は多い。音楽を通じて多くの当事者とつながりたいと、1日限定でメンバーを募る「どもロック」を企画、昨年11月に都内で1回目を開催。「いつか僕も参加したい」と高校生に声をかけられた。 大学では音楽神経科学の研究室に入り、吃音と音楽との関係を研究している。「歌で症状が治まるのを『神様からの贈り物』と受け止める人もいる。治療法に結び付けられないかと考えている」]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年5月12日</p>
<p>中学2年、生徒会長に立候補。演説会冒頭、名前で詰まって笑いが起きたが「僕には吃音があって…」と語り始めると雰囲気が変わった。「言葉がうまく出てこなくても思いは伝わる」。当選して自信になり、転機となった。</p>
<p>高校1年のとき、吃音のある若者が接客する「注文に時間がかかるカフェ」が自宅近くで開かれ、スタッフとして参加した。ここでの出会いをきっかけに、音楽好きの5人で「コンマニア～吃音を持つ学生による音楽団」を結成、打楽器を担当し代表も務める。</p>
<p>歌っているときは吃音が出ないと感じている当事者は多い。音楽を通じて多くの当事者とつながりたいと、1日限定でメンバーを募る「どもロック」を企画、昨年11月に都内で1回目を開催。「いつか僕も参加したい」と高校生に声をかけられた。</p>
<p>大学では音楽神経科学の研究室に入り、吃音と音楽との関係を研究している。「歌で症状が治まるのを『神様からの贈り物』と受け止める人もいる。治療法に結び付けられないかと考えている」</p>
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		<title>「特別」なら許されるマイノリティー</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Mar 2026 07:56:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.we-can.or.jp/p/3427/</guid>
		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年2月17日 〈寄稿〉近藤銀河さん（アーティスト） 高市早苗首相のSNSの投稿は衝撃的だった。彼女の夫のために公邸がバリアフリーに改装された、という報道を受け、それを否定し「仮に貴重な税金を使って改修工事をする必要があるのであれば、私たちは公邸に引っ越しません」としていた。健常者に対して気を使い、マイノリティーが堂々と主張できるはずの（けれど批判を浴びる）権利を引っ込める姿勢は、私の日常で選びたくないのに繰り返し浮かび上がってくる選択肢だった。それを政治のトップが口にしている。 外出に車いすを使っているとたくさんの善意に出会うけれど、時には善意を断らないと自分を守れないことがある。よく遭遇する例が、長い階段で「背負ったり車いすを運んだりできるよ！」という申し出だ。運んでもらったり、背負ってもらったりすることは強い身体的労作を伴う。車いすだけ運んでもらって、自分は時間をかけて這うように登らないといけないこともある。そうした善意を受け入れた後、私は人知れず数日、時には1週間ほど倒れこむ。そしていつも悩む。取れば自分が痛みを背負うことになる、差し伸べられた　優しい手をどうすればいいのかと。悩むのは怖いからでもある。断ればその人はもう自分を相手にしなくなるのではないか、社会からパージされていくのではないか、と。 あるいは、自分が行かないだろう会議が階段を上らないと到達できない場所で開かれるのを知った時。出席しないのだから何も言わなければいいのかもしれない。私の権利にも傷にも蓋をして無視しよう。でもそれでは主催者たちの意識は変わらない。あとに続く人がまた苦労する。どうしよう。 マイノリティーはこうした場面に何度も直面し、何度も悩む。そして、社会はこうした悩みに冷たい。高市氏の投稿はそれを象徴し、社会のあり方を思い出させてくれる。強く支持される政治家が示すマイノリティーの姿は、マイノリティー性以外では徹底的に規範に従順な姿だ。それは明白なメッセージとなる。「あの人は○○だけど、他の○○とは違い、特別だからいいんだよ」と言われるような存在。マイノリティーはそれを目指して努力せよ、と。 私もそうした声に日々、従おうとしてしまい、そんな自分に愕然とする。なぜそんなに健常者と同じように振る舞おうとしているのか。マジョリティーにとってあるべき姿を守るマイノリティーになるのか、そこから動き出してさらに社会の規定から外れた「マイノリティーの中のマイノリティー」になるのか。私はいつも悩んでいる。健常者が想像する障害者増の内側に踏みとどまる限り、私は迷惑をかけないから許される存在としてのみ許容される。「何も気にしなくていいです。大丈夫です」と言い続ける限り合理的な調整はなされない。後に続く人もまた苦しむことになる。だから、いつも吐きそうになりながら少しだけの勇気を出して、物申したり出来ないと断ったりする。頑張らないで社会に存在するために頑張る。なんてむごい矛盾だろう。でも特別でなくても生きられるために今はそうするしかないと歯を食いしばる。 荒れ野のような選挙が終わった。「特別な」マイノリティーは圧倒的な支持を受け、マイノリティーの葛藤に行き場はなく、いやそもそも選挙の枠組みの中にさえ入っていなかった。同性婚を否定し、発達障害の存在を否定し、外国人を排斥する政治家たちに、無視され、時に実態とかけ離れた戦いに引きずり出され、見せ物にされただけだった。それは政治的争点でさえない。こうやって支持された政治家によって、法律が作られ、政策が進められてゆく。私は葛藤しながら、悩みながら、つらいけど勇気を出して「マイノリティーの中のマイノリティー」になって、より一層はみ出していくのだ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年2月17日</p>
<p>〈寄稿〉近藤銀河さん（アーティスト）</p>
<p>高市早苗首相のSNSの投稿は衝撃的だった。彼女の夫のために公邸がバリアフリーに改装された、という報道を受け、それを否定し「仮に貴重な税金を使って改修工事をする必要があるのであれば、私たちは公邸に引っ越しません」としていた。健常者に対して気を使い、マイノリティーが堂々と主張できるはずの（けれど批判を浴びる）権利を引っ込める姿勢は、私の日常で選びたくないのに繰り返し浮かび上がってくる選択肢だった。それを政治のトップが口にしている。</p>
<p>外出に車いすを使っているとたくさんの善意に出会うけれど、時には善意を断らないと自分を守れないことがある。よく遭遇する例が、長い階段で「背負ったり車いすを運んだりできるよ！」という申し出だ。運んでもらったり、背負ってもらったりすることは強い身体的労作を伴う。車いすだけ運んでもらって、自分は時間をかけて這うように登らないといけないこともある。そうした善意を受け入れた後、私は人知れず数日、時には1週間ほど倒れこむ。そしていつも悩む。取れば自分が痛みを背負うことになる、差し伸べられた　優しい手をどうすればいいのかと。悩むのは怖いからでもある。断ればその人はもう自分を相手にしなくなるのではないか、社会からパージされていくのではないか、と。</p>
<p>あるいは、自分が行かないだろう会議が階段を上らないと到達できない場所で開かれるのを知った時。出席しないのだから何も言わなければいいのかもしれない。私の権利にも傷にも蓋をして無視しよう。でもそれでは主催者たちの意識は変わらない。あとに続く人がまた苦労する。どうしよう。</p>
<p>マイノリティーはこうした場面に何度も直面し、何度も悩む。そして、社会はこうした悩みに冷たい。高市氏の投稿はそれを象徴し、社会のあり方を思い出させてくれる。強く支持される政治家が示すマイノリティーの姿は、マイノリティー性以外では徹底的に規範に従順な姿だ。それは明白なメッセージとなる。「あの人は○○だけど、他の○○とは違い、特別だからいいんだよ」と言われるような存在。マイノリティーはそれを目指して努力せよ、と。</p>
<p>私もそうした声に日々、従おうとしてしまい、そんな自分に愕然とする。なぜそんなに健常者と同じように振る舞おうとしているのか。マジョリティーにとってあるべき姿を守るマイノリティーになるのか、そこから動き出してさらに社会の規定から外れた「マイノリティーの中のマイノリティー」になるのか。私はいつも悩んでいる。健常者が想像する障害者増の内側に踏みとどまる限り、私は迷惑をかけないから許される存在としてのみ許容される。「何も気にしなくていいです。大丈夫です」と言い続ける限り合理的な調整はなされない。後に続く人もまた苦しむことになる。だから、いつも吐きそうになりながら少しだけの勇気を出して、物申したり出来ないと断ったりする。頑張らないで社会に存在するために頑張る。なんてむごい矛盾だろう。でも特別でなくても生きられるために今はそうするしかないと歯を食いしばる。</p>
<p>荒れ野のような選挙が終わった。「特別な」マイノリティーは圧倒的な支持を受け、マイノリティーの葛藤に行き場はなく、いやそもそも選挙の枠組みの中にさえ入っていなかった。同性婚を否定し、発達障害の存在を否定し、外国人を排斥する政治家たちに、無視され、時に実態とかけ離れた戦いに引きずり出され、見せ物にされただけだった。それは政治的争点でさえない。こうやって支持された政治家によって、法律が作られ、政策が進められてゆく。私は葛藤しながら、悩みながら、つらいけど勇気を出して「マイノリティーの中のマイノリティー」になって、より一層はみ出していくのだ。</p>
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		<title>ひと　書体もユニバーサルに　UDデジタル教科書体を開発した　高田裕美さん</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Mar 2026 06:38:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　2026年2月17日 弱視や読み書き障害がある子どもの読みやすさを追求した書体を開発した。Windowsの標準フォントにもなり、学校現場を中心に広く使われる。 美大卒業後書体デザイン会社へ。2006年にUDフォントの開発を始めて1年後、意見を求めた研究者に「当事者から話を聞いていますか？」と指摘された。様々な見えにくさのある人がいる現場をまわった。 線の細い部分が見えにくく、文字全体を捉えにくい子がいる。ゴシック体には手書きと異なる文字がある。例えば「山」は3画だが4画に見える。先生が修正液で直していた。世の中には多くの書体があるのに、「社会の穴」だと思った。 描く際にお手本となり、読みやすい書体をめざし、試作開始から8年後にリリースした。ある子どもの「これなら読める。俺、バカじゃなかったんだ」という発言を伝え聞き、胸が熱くなった。 昨秋、小学生向けに「私は書体デザイナー」を出した。「普段目にしている書体から、多様な人々の存在を知ってほしい」。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　2026年2月17日</p>
<p>弱視や読み書き障害がある子どもの読みやすさを追求した書体を開発した。Windowsの標準フォントにもなり、学校現場を中心に広く使われる。</p>
<p>美大卒業後書体デザイン会社へ。2006年にUDフォントの開発を始めて1年後、意見を求めた研究者に「当事者から話を聞いていますか？」と指摘された。様々な見えにくさのある人がいる現場をまわった。</p>
<p>線の細い部分が見えにくく、文字全体を捉えにくい子がいる。ゴシック体には手書きと異なる文字がある。例えば「山」は3画だが4画に見える。先生が修正液で直していた。世の中には多くの書体があるのに、「社会の穴」だと思った。</p>
<p>描く際にお手本となり、読みやすい書体をめざし、試作開始から8年後にリリースした。ある子どもの「これなら読める。俺、バカじゃなかったんだ」という発言を伝え聞き、胸が熱くなった。</p>
<p>昨秋、小学生向けに「私は書体デザイナー」を出した。「普段目にしている書体から、多様な人々の存在を知ってほしい」。</p>
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		<title>就業制限、全員「違憲」　障害者差別ない社会へ</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3423/</link>
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		<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 04:39:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[毎日新聞　2026年2月19日 旧警備業法の就業制限規定をめぐる18日の最高裁大法廷判決は、障害を理由とした差別の禁止を明確化するようになった社会の変化を重視し、違憲判断を導いた。 大法廷で問われたのは、誰もが差別されることなく暮らせる社会を目指す「ノーマライゼーション」の理念だ。国連は1981年を「国際障害者年」と宣言し、障害者の社会への完全参加と平等をうたった。だが、日本では1982年警備業法が改正され、成年後見の前身の「禁治産制度」の利用者に対して就業制限規定が盛り込まれた。 他にも障害を理由に資格や許可を与えない「欠格条項」は多くの法律に存在した。障害者が声を上げ、国は2000年代に入り、医師免許など約60制度で欠格条項を撤廃した。ただし、成年後見制度利用者の就業を制限した規定は100以上の法律に残ったままだった。国連は2006年に「障害者権利条約」を採択、条約に署名した日本は障害者差別解消法の制定（2016年施行）や障害者雇用促進法の改正で国内法の整備に取り組んだ。2014年に条約を批准し、国内でもノーマライゼーションの理念が浸透していった。 大法廷はこうした歴史的経緯に沿って就業制限の違憲性を判断した。規定が設けられた1982年は警備活動領域拡大に伴い、業務の適正化を図る必要があったと指摘、警備業には様々な事象に臨機応変に対応する能力が求められることから、当時の状況下では相応の合理性があったとした。だが、条約署名後国内法整備などを通じて「障害者の権利のあり方が大きく変容することになった」と言及。原告団性が退職した2017年3月までに既定の合理性は失われ、憲法22条「職業選択の自由」と14条「法の下の平等」に違反したとの結論を導いた。裁判官全15人が一致したことで重みのある司法判断となった。 一方、1，2審が認めた国が法律改廃を怠った立法不作為については、判断を一転させた。これに対し、5人の裁判官は反対意見で国会には立法不作為が認められ、賠償金を支払うべきだとした。 原告団性は「障害があろうがなかろうが、できることはできる。知高裁が違憲と認めたのはうれしい」と語った。男性には軽度の知的障害があるものの、業務で判断ミスをし事故を起こしたことはなかった。社会に出て働くことや会社からの信頼に喜びを感じていた。デイ年後見制度を利用したのは、親族が勝手に預金を引き出していたからだが、会社からは当時の規定を理由に雇用契約の終了を告げられた。弁護団は、国の賠償責任が否定されたことに不満は見せつつ、「判決は障害者に対する過剰な権利侵害を指摘し、個人の能力を尊重する後押しになる」と一定の評価を示した。熊田均弁護士は「（改正後の法律の）運用をしっかりチェックしていく必要がある」と指摘した。 国の障害者施策委員会のメンバーを務めた専修大の棟居快行教授(憲法学)は、最高裁が障害者を取り巻く状況の変化を細かく検討したことを評価する一方で、障害者に対する政策の遅れや国民の理解が醸成されていなかったことが国の賠償責任否定につながったと指摘。「明確に違憲としたことには意義があるが、賠償責任が否定されたことで、障害者が逆にツケを払わされたとも読める。判決は社会が障害者とどのように向き合うかを投げかけており、一人ひとりが考える契機とすべきだ」と話した。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>毎日新聞　2026年2月19日</p>
<p>旧警備業法の就業制限規定をめぐる18日の最高裁大法廷判決は、障害を理由とした差別の禁止を明確化するようになった社会の変化を重視し、違憲判断を導いた。</p>
<p>大法廷で問われたのは、誰もが差別されることなく暮らせる社会を目指す「ノーマライゼーション」の理念だ。国連は1981年を「国際障害者年」と宣言し、障害者の社会への完全参加と平等をうたった。だが、日本では1982年警備業法が改正され、成年後見の前身の「禁治産制度」の利用者に対して就業制限規定が盛り込まれた。</p>
<p>他にも障害を理由に資格や許可を与えない「欠格条項」は多くの法律に存在した。障害者が声を上げ、国は2000年代に入り、医師免許など約60制度で欠格条項を撤廃した。ただし、成年後見制度利用者の就業を制限した規定は100以上の法律に残ったままだった。国連は2006年に「障害者権利条約」を採択、条約に署名した日本は障害者差別解消法の制定（2016年施行）や障害者雇用促進法の改正で国内法の整備に取り組んだ。2014年に条約を批准し、国内でもノーマライゼーションの理念が浸透していった。</p>
<p>大法廷はこうした歴史的経緯に沿って就業制限の違憲性を判断した。規定が設けられた1982年は警備活動領域拡大に伴い、業務の適正化を図る必要があったと指摘、警備業には様々な事象に臨機応変に対応する能力が求められることから、当時の状況下では相応の合理性があったとした。だが、条約署名後国内法整備などを通じて「障害者の権利のあり方が大きく変容することになった」と言及。原告団性が退職した2017年3月までに既定の合理性は失われ、憲法22条「職業選択の自由」と14条「法の下の平等」に違反したとの結論を導いた。裁判官全15人が一致したことで重みのある司法判断となった。</p>
<p>一方、1，2審が認めた国が法律改廃を怠った立法不作為については、判断を一転させた。これに対し、5人の裁判官は反対意見で国会には立法不作為が認められ、賠償金を支払うべきだとした。</p>
<p>原告団性は「障害があろうがなかろうが、できることはできる。知高裁が違憲と認めたのはうれしい」と語った。男性には軽度の知的障害があるものの、業務で判断ミスをし事故を起こしたことはなかった。社会に出て働くことや会社からの信頼に喜びを感じていた。デイ年後見制度を利用したのは、親族が勝手に預金を引き出していたからだが、会社からは当時の規定を理由に雇用契約の終了を告げられた。弁護団は、国の賠償責任が否定されたことに不満は見せつつ、「判決は障害者に対する過剰な権利侵害を指摘し、個人の能力を尊重する後押しになる」と一定の評価を示した。熊田均弁護士は「（改正後の法律の）運用をしっかりチェックしていく必要がある」と指摘した。</p>
<p>国の障害者施策委員会のメンバーを務めた専修大の棟居快行教授(憲法学)は、最高裁が障害者を取り巻く状況の変化を細かく検討したことを評価する一方で、障害者に対する政策の遅れや国民の理解が醸成されていなかったことが国の賠償責任否定につながったと指摘。「明確に違憲としたことには意義があるが、賠償責任が否定されたことで、障害者が逆にツケを払わされたとも読める。判決は社会が障害者とどのように向き合うかを投げかけており、一人ひとりが考える契機とすべきだ」と話した。</p>
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		<title>後見利用で失職 どう判断　「欠格条項」最高裁18日判決</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3421/</link>
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		<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 01:36:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
				<category><![CDATA[情報ファイル]]></category>

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		<description><![CDATA[朝日新聞　　2026年2月16日 「成年後見制度」を使う人は、警備業の仕事に就けない。警備業法の「欠格条項」により、職を失った岐阜県の30代男性が国を訴えた訴訟で、最高裁大法廷が18日に判決を言い渡す。 1月14日、最高裁の裁判官15人が並ぶ大法廷の弁論で、男性は「仕事を辞めなければいけないのはおかしいし、腹が立つ」と訴えた。男性には軽度の知的障害がある。2014年から警備会社で交通誘導などの仕事を始め、やりがいを感じていた。しかし、先々の財産管理のために2017年、成年後見制度の「保佐人」をつけたところ、退職を強いられた。 自分と同じような人がいるはず、男性は福祉サービスの関係者を通して弁護士に相談し、国に100万円の賠償を求めて提訴した。2019年には警備業法のほか国家公務員法など約180の法律に遭った欠格条項が削除されたが、男性は国の責任を明らかにしたいと裁判を続けた。 岐阜地裁は2021年、欠格条項は違憲と判断、国に10万円の賠償を命じた。名古屋高裁も2022年に違憲と認め、賠償額を50万円に増額した。国が上告した。 男性側は、欠格条項は憲法22条が保証する「職業選択の自由」や14条の「法の下に平等」に反すると主張してきた。国側は、人の命や財産を守る警備業に就く人には適切に判断できる能力が必要なため「規制は合理性がある」と反論し、憲法違反ではないと訴える。 国が賠償責任を認めるかも焦点だ。男性側は、国会には長期にわたり憲法違反の欠格条項を放置した「立法不作為」の責任があると主張。国側は、条項の違憲性は明白といえず、必要な法改正も怠っていないとして賠償責任はないと訴えた。欠格条項が違憲とされれば、最高裁が法令の規定を違憲と判断した戦後14件目となる。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　　2026年2月16日</p>
<p>「成年後見制度」を使う人は、警備業の仕事に就けない。警備業法の「欠格条項」により、職を失った岐阜県の30代男性が国を訴えた訴訟で、最高裁大法廷が18日に判決を言い渡す。</p>
<p>1月14日、最高裁の裁判官15人が並ぶ大法廷の弁論で、男性は「仕事を辞めなければいけないのはおかしいし、腹が立つ」と訴えた。男性には軽度の知的障害がある。2014年から警備会社で交通誘導などの仕事を始め、やりがいを感じていた。しかし、先々の財産管理のために2017年、成年後見制度の「保佐人」をつけたところ、退職を強いられた。</p>
<p>自分と同じような人がいるはず、男性は福祉サービスの関係者を通して弁護士に相談し、国に100万円の賠償を求めて提訴した。2019年には警備業法のほか国家公務員法など約180の法律に遭った欠格条項が削除されたが、男性は国の責任を明らかにしたいと裁判を続けた。</p>
<p>岐阜地裁は2021年、欠格条項は違憲と判断、国に10万円の賠償を命じた。名古屋高裁も2022年に違憲と認め、賠償額を50万円に増額した。国が上告した。</p>
<p>男性側は、欠格条項は憲法22条が保証する「職業選択の自由」や14条の「法の下に平等」に反すると主張してきた。国側は、人の命や財産を守る警備業に就く人には適切に判断できる能力が必要なため「規制は合理性がある」と反論し、憲法違反ではないと訴える。</p>
<p>国が賠償責任を認めるかも焦点だ。男性側は、国会には長期にわたり憲法違反の欠格条項を放置した「立法不作為」の責任があると主張。国側は、条項の違憲性は明白といえず、必要な法改正も怠っていないとして賠償責任はないと訴えた。欠格条項が違憲とされれば、最高裁が法令の規定を違憲と判断した戦後14件目となる。</p>
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		<title>「誰でも使える機能」人権の一部</title>
		<link>http://www.we-can.or.jp/p/3418/</link>
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		<pubDate>Wed, 25 Feb 2026 01:14:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>can</dc:creator>
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		<description><![CDATA[朝日新聞　20026年2月16日 身近にあふれるアップル製品。その誕生の歩みには「アクセシビリティー」と総称される目や耳、体が不自由な人でも使いやすくする機能開発の歴史もあった。設計思想はどう紡がれてきたのか、同社担当幹部のサラ・ハーリンガーさんに聞いた。 ある従業員のアイデアが故スティーブ・ジョブズ氏に持ち込まれ、アクセシビリティー担当チームが始まった。 デスクトップパソコンのマッキントッシュが出た1984年ごろ、障がいはすべての人にとって最優先事項ではなかったかもしれないが、開発陣は当事者にとって大切なことだと理解していた。アップル製品を使って、誰もが自分のやりたいことをして、夢を実現できる力を持っていただけるようにしたい、という思いがあった。 1987年、障がいがある方を支援するための機能を初めて基本ソフトに組み込んだ。何が標準機能として役立つか模索していた。2005年、マッキントッシュに、画面の文字を読み上げる機能「ボイスオーバー」を組み込んだ。それまでは視覚障がい者がコンピューターを操作するには別製品が必要で、追加費用がかかり、設定を誰かに手伝ってもらうなどの手間もかかった。ボイスオーバー搭載によって、コンピューターを購入しさえすれば、ボタンを押すだけでそのまま起動できるようになった。2009年、その機能をアイフォーンなどの端末向け基本ソフトに搭載したことは画期的だった。 望む未来は、世界中での「ノーマライゼーション（障がいの当たり前化）」だ。障がいのある方々にも同じように機会を与えること、テクノロジーが妨げではなく助けになることを願っている。アクセシビリティ－は基本的人権の一部であり、世界への提供方法の一部として確実に組み込むようにしたい。変化し続けるテクノロジーを、私たちが取り組む一つ一つの中核へといかに組み込み、構築し続けていくか。それが重要になる。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>朝日新聞　20026年2月16日</p>
<p>身近にあふれるアップル製品。その誕生の歩みには「アクセシビリティー」と総称される目や耳、体が不自由な人でも使いやすくする機能開発の歴史もあった。設計思想はどう紡がれてきたのか、同社担当幹部のサラ・ハーリンガーさんに聞いた。</p>
<p>ある従業員のアイデアが故スティーブ・ジョブズ氏に持ち込まれ、アクセシビリティー担当チームが始まった。</p>
<p>デスクトップパソコンのマッキントッシュが出た1984年ごろ、障がいはすべての人にとって最優先事項ではなかったかもしれないが、開発陣は当事者にとって大切なことだと理解していた。アップル製品を使って、誰もが自分のやりたいことをして、夢を実現できる力を持っていただけるようにしたい、という思いがあった。</p>
<p>1987年、障がいがある方を支援するための機能を初めて基本ソフトに組み込んだ。何が標準機能として役立つか模索していた。2005年、マッキントッシュに、画面の文字を読み上げる機能「ボイスオーバー」を組み込んだ。それまでは視覚障がい者がコンピューターを操作するには別製品が必要で、追加費用がかかり、設定を誰かに手伝ってもらうなどの手間もかかった。ボイスオーバー搭載によって、コンピューターを購入しさえすれば、ボタンを押すだけでそのまま起動できるようになった。2009年、その機能をアイフォーンなどの端末向け基本ソフトに搭載したことは画期的だった。</p>
<p>望む未来は、世界中での「ノーマライゼーション（障がいの当たり前化）」だ。障がいのある方々にも同じように機会を与えること、テクノロジーが妨げではなく助けになることを願っている。アクセシビリティ－は基本的人権の一部であり、世界への提供方法の一部として確実に組み込むようにしたい。変化し続けるテクノロジーを、私たちが取り組む一つ一つの中核へといかに組み込み、構築し続けていくか。それが重要になる。</p>
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